

車に頼らず街を感じながら
自分の足で歩を進めてみる
歩く人 |
敬愛する川本三郎さんが新刊を出した。『ひとり遊びぞ我はまされる』(平凡社刊)。タイトルは良寛の歌、「世の中にまじらぬとにはあらねども ひとり遊びぞ 我はまされる」からとったという。78歳になった川本さんの心境に合っているのだと思う。
川本さんとは2003年からのおつきあいだ。「日々の新聞」の創刊号にどうしても書いていただきたいと思い、「何か文章を」と、お願いした。すると指定した日に「町歩きのすすめ」という手書きの原稿がFAXで送られてきた。そこには「普通の歩き方だと15分は1㎞。これを覚えておくと便利だ。時間が30分あれば2㎞歩けるとわかる。逆に距離が4㎞なら一時間歩けばいいとわかる。ぶらぶら町の風景を楽しみながら歩く。いい町だと一時間はすぐにたってしまう」とあった。
新刊のなかに「全線開通した常磐線に乗って、富岡町へ。」という文章がある。2年前の3月半ば、川本さんは富岡駅に降り立った。東日本大震災の津波で駅が流されてしまったが新しくなり、富岡―浪江間の運転が再開されたので上野から、仙台行きの特急ひたちに乗ってやってきた。目的地は桜並木で知られる夜ノ森なのだが特急がとまらないので、一つ手前の富岡で降りた。
しかし、次の各駅停車が来るまで2時間以上待たなければならず、「それなら」と歩くことにする。富岡から夜ノ森までは5㎞強。川本さんはかかっても2時間ぐらいと計算し、歩き始めた。途中で会った、花の手入れしている高齢の女性に「そんな人には初めて会った」と驚かれたそうだが、確かにその距離を実感できて車社会にどっぷり浸っている人間としては、決して歩こうとは思わない。でも川本さんは歩いて夜ノ森駅にたどり着き、少し前に美容院を再開した女性からもてなしを受けることになる。同じ浜通りに住む人間としては、その気配り、優しさにほっとし、うれしくなった。
「乗り鉄」の川本さんは、どこの町でも、駅ビルやその近くに行きつけのお気に入りの店があり、歩いたあとに軽くビールを飲むことを楽しみにしている。この日も各駅停車でいわき駅に戻り、駅ビルにあった大衆食堂、半田屋で地酒(又兵衛だろうか)を燗にして飲んだという。
さて、半田屋。駅ビル店がなくなったあと、小名浜の外れに新しい店ができた。思い立って休日の昼どきに入ってみると、結構込んでいる。カツ丼が390円、オムライスは350円という驚いてしまう値段。しかも味が気どっていなくておいしい。川本さん同様、幸せ気分になった。
(安竜 昌弘)
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