

新しいことを書くと古びてしまうけれども
最初から過去を書けば古びることはない
(川本三郎)
好きを深める |
「キネマ旬報」の名物コラム「映画を見ればわかること」が500回に到達した。筆者は敬愛する川本三郎さん(79)。「日々の新聞」もほぼ同時期に500号を迎えたこともあって、自分のことのように嬉しかった。
2003年のことだ。どうしても川本さんの文章で創刊号を飾りたくて執筆をお願いした。FAXで届いた原稿のタイトルは「町歩きのすすめ」。以来文通を続け、震災のときにはわざわざ、いわきまで来てくれた。そのときの第一声が「安竜さんですね。川本です。なんだか初めてのような気がしませんね」だった。
川本さんの映画評は、切って捨てない。好きになった映画について、どこが面白いのかを書く。それは「クローズアップを大事にする」ということで、言ってみれば「思い入れ」。だから、どんどん深く分け入って行ける、のだという。
例えば「PERFECT DAYS」ならば、役所広司が演じる主人公・平山が聴く音楽や読んでいる本に焦点を合わせる。川本評論はそこから、自らの興味や知識とつなげて深め、無限の広がりを見せてくれる。それが読み手の経験や好みとシンクロし、共鳴や共感へとつながっていく。
もう1つの視点は「〝過去〟を書く」ということ。「新しいことを書くと古びてしまうけれども、最初から過去のことについて書けば古びない」と川本さんは言う。確かに「新しいこと」の賞味期限は驚くほど短い。新しいものが次から次に出て来ては消費され、目の前を通り過ぎていく。それがものすごいスピードなので、あっという間に忘れ去られてしまう。川本さんはあえてそれを追わずに過去に光を当て、そのなかから新しいものを見つけていく。
それは「目の前の事象を追うのは既存のメディアに任せ、気になったことを時間をかけて取材し、深く掘り下げていく」という「日々の新聞」の考えとも共通している。
ジャズピアニスト、ソニー・クラークの「朝日のようにさわやかに」が好きな川本さんが、筑摩書房から出した同名の映画エッセイ本には「映画ランダムノート」という副題がついている。初版は1977年(昭和52)で、井上ひさしさんが序文を寄せている。
「ここにあるこの一巻は川本三郎氏の映画、およびその周辺のことに関するかたよった見方、考え方の集積であるが、僕のこれまで書いた文章のあちこちに窺われるような物欲しさや胡乱さはない。公明正大で、かつ胸のすくようなかたよった見方、考え方である。(中略)〈かたよっている〉は〈個性的〉とけっして同義ではない。もっと無邪気で自由なもので、それはある」
公安事件に巻き込まれて失意のどん底にいた川本さんを励まし続けたのが、井上さんだった。
(安竜 昌弘)
そのほかの過去の記事はこちらで見られます。