508号 文房具依存とは(2024.4.30)

画 黒田征太郎

 

    まず使い込んで
    自分に合ったものを探していく
    その道程が大事

 文房具依存とは

 上京すると必ず寄る店がある。JR上野駅構内にある「アンジェ ビュロー エキュート」。ホームページによると、テーマは「書斎」。国内外から珍しい文房具や本などを仕入れているという。本店は京都の河原町店で、ずいぶん前に訪ねたことがある。常磐線が品川まで乗り入れるようになってからは東京駅で乗り降りすることが多いのだが、この店をのぞくために、わざわざ上野駅からいわきに帰ることも多い。

「文房具好き」を自認している。いや、これは病気の一種だと思う。万年筆、インク、ボールペン、鉛筆、消しゴム、定規、はさみ、カッターナイフ、便箋、封筒、絵はがき。そしてシステム手帳、スケジュール帳、ノートカバー、メモ帳…、さらにそれらを入れる筆入れやバッグと際限がない。世に文房具好きは多く、万年筆の話をし、それぞれのうんちくを語り合うだけでも時間を忘れ、すぐ仲良くなれる。それがいい。
 文房具だけではなく、本も買ってしまう。串田孫一の『文房具56話』(ちくま文庫)はもちろん、文房具を特集した雑誌類やムック本などが並んでいると、躊躇せずに手に取ってレジへ。それを近くに置き、ときどき眺めては悦に入っている。
 最近『ジジイの文房具』を出した沢野ひとしさん(エッセイスト、イラストレーター)も同好の士。うなずきながらその本を読んでいる。例えば「文房具依存とは」の項目では「注意したいのが『文房具依存』である。『手書き文化を残さなければ』『書き味に心癒やされる』『所有欲が満たされる』などとこだわるうちに、あのペンは、あの紙は、と無尽に試す。気づいたときは手遅れになっている」と書く。そして「自分にとって特別な文房具を探す旅に出ても、その終着地はない。大切なのは、終着地ではなくてその道程なのだ」と結論を導いてくれる。
 文房具依存症の末にたどり着いたのは、眺めて満足するのではなく、とにかく使い込んで自分に合った道具を探すこと。それが愛着に変わっていく。「分をわきまえる」ということも必要だろう。そうすれば万年筆を選ぶ際、ビンテージとか見栄えではなく、書き味優先ということになる。文房具とは、他人に見せびらかすためのものではなく、あくまで自分のためのものだということを知るようになる。とは言っても、新しいものや珍しいものが好きな血はどうしようもなく、文房具はどんどん増えていく。
 愛用している万年筆はペリカン、インクも同じペリカンのロイヤルブルー。システム手帳はミドリのトラベラーズノート。そして一番悲しいのは、お気に入りの万年筆をなくしてしまったこと。いまでもその万年筆のことを思い出す。 

                                                                                                                                                                                                       (安竜 昌弘)

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