510号 戦禍を思う(2024.5.31)

画 黒田征太郎

 

    小さな微笑みは「奇跡」である。
    小さな微笑みが失われれば
    世界はあたたかみを失うからだ。
               (長田 弘)


 戦禍を思う

 ロシアがウクライナに侵攻したのは2022年の2月24日。この戦争は予想通り長期化し、2年と3カ月経ったいまでも打開策が見出せないでいる。昨年10月7日からはパレスチナのガサ地区でイスラエル軍とイスラム組織ハマスとの衝突が続き、民間人を含む多くの人が亡くなった。遠い日本、しかも東北の端っこにあるいわきにいると、いま何が起こっているのかを知る手立ては、ニュースや解説番組ぐらいしかなく、「それではいけない」と思いながらも、日々関心が薄らいでいく。そんなとき、ドキュメンタリー映画「マリウポリの20日間」を観た。
 この映画の監督で、脚本と撮影も担当したミスティスラフ・チェルノフはウクライナ東部・ハルキウの出身で、AP通信のビデオジャーナリスト。マリウポリはアゾフ海に面している港湾都市で、ロシアにとっては戦略上、重要な目標だという。チェルノフはそれを察し、同僚の写真家とともに2月23日の夜にマリウポリへ向かった。着いたのは24日の午前3時30分で、その1時間後に戦争が始まった。「戦争は爆発ではなく静寂から始まる」というナレーションが印象深い。
 43万人の住民は最初の数日間で約4分の1が避難したとはいえ、「戦争が始まる」と気づいていたのはごくわずかで、手遅れの状態だった、とチェルノフはレポートしている。ほかのジャーナリストも撤退し、残ったのは自分たちだけ。そのとき、「自分はウクライナ人だから、目の前の惨状を記録し、発信し続ける」と決意する。ロシアは通信を遮断して、マウリポリで何が起こっているのかを知らせないようにしたから、その映像はとても貴重だった。
 この映画には圧倒的なリアル感がある。中心に撮影者がいて、そのときどきに起こっていることが、すぐそこにあるように映し出されている。病院に運ばれてくる子どもや妊婦。しかも、その先には死が待っている。医師は「ここで何が起こっているか撮影し、世界に発信してくれ」と叫ぶ。マリウポリの20日間がスクリーンを通してそこにある。

 福島市出身の詩人、長田弘さんはふるさとが地震と原発事故に見舞われたあとに、胆管癌を患った。そのとき、「目の前にある平凡なものこそ、わたし(たち)にとって必要な奇跡だったのではないか」と感じる。そして「自分を含め、だれもが同じ空の下にいるという自覚をしていかなければ…」と自らの思いを語った。
 ごくありふれた、ささやかな光景を奪ってしまう原発事故や戦争。それを直視し、同じ空の下で行われていることを胸に刻みながら、穏やかな日々をいつくしむ―。長田さんはそんな思いを残して2015年に逝った。75歳だった。

 

                                                                                                                                                                                                       (安竜 昌弘)

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