

穏やかな水面に投じられた一石のような言葉
| 「収まらないで」 |
ある詩人たちの集まりであいさつを求められた秋吉久美子さんは「こういう時代だからこそ、みなさんの存在が問われています。声を発してください」と言った。正確には違うかもしれないが、そう聞こえた。穏やかな水面に一石を投じるような、言葉だった。
1973年から4年間、東京で学生生活を送った。学生運動が下火になり、社会には退廃的な空気が漂っていた。巷では「神田川」などの4畳半フォークが流れ、林静一や上村一夫の世界がしっくりするような時代だった。先日亡くなった長嶋茂雄さんが現役を引退し、熱い時代が終わろうとしていた。秋吉さんは、そんな時代を象徴する女優の1人だった。
フォーク世代ということもあり、ヤマハのフォークギターを持って軽音学部の門を叩いた。新入生のオーディションでは、どぎまぎしながら岡林信康の「手紙」を歌った。その後、気があった高知と下関出身の仲間とバンドを組んだのだが、実力不足を思い知らされ、身を引いた。居づらくなったのだと思う。部も辞めた。
それから50年以上が経ったというのに、あの頃のことは鮮明によみがえってくる。ふと1学年上に会津出身の先輩がいたことを思い出し、わずかな情報を頼りに連絡した。銀行を退職し、悠々自適の生活を送っているという。合宿の思い出や仲間とのエピソードなどが次から次と出て来て、お互い弾むように話した。
参議院選挙が終わった。自民・公明が過半数を割り、政治は混迷に向かっている。投票率が上がり、それを下支えしている層はネットの政党マッチングアプリで投票先を決める。その理由は「わからないから」。国民民主党や参政党のワンフレーズに呼応し、コンサート会場のような熱狂が渦巻く。理屈や議論から顔を背け、ノリでいまを楽しむ。国の舵とりを決める選挙がゲームになっている。
「収まってはだめ」―。秋吉さんの心の声が刺さる。
(安竜 昌弘)
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