ストリートオルガン

大越 章子



画・松本 令子

ささやかな生きる喜びを届ける

Art Van福寿走

 

 

「きょうとあした、Art Van福寿走のふたりが平の中央公園にいるよ」。6月22日の朝、奈良で暮らす彫刻家の安藤栄作さんが電話で教えてくれた。
 Art Van福寿走は軽トラックの荷台に小屋を載せたちいさな移動美術館。北海道の十勝でアートの実験場「Art Labo北舟」を運営する白濱雅也さん(61)と真紀さん(55)夫妻が日本各地に届けている。安藤さんのFacebookでふたりを知り「いわきにも来るといいなあ」と思っていた。
 その日の午後、中央公園に行ってみると、市役所側の入口にArt Van福寿走が止まっていた。荷台の小屋は「揺らぐ家」をモチーフに古材を使って手作りし、屋根は津波に押しつぶされていく家屋をイメージ。軒先に黄色のマリンゴールドを植えたプランターをつけている。それが人目を引く。
 小屋のなかには夫妻自身の作品と、長年集めた小品から選んだ絵画や彫刻、オブジェなどが並んでいて、靴を抜いで一人ずつ入って鑑賞する。外側は左右の波板カバーを上に開くと壁面が現れ、雅也さん作の絵本『スターとゴールド どうしていいかわからない』の古材に描いた原画が展示されていて、牧場をぬけ出した2頭の雄牛の物語がたどれる。
 岩手県釜石市で生まれ育った雅也さんは、美術大学の受験で上京するまでギャラリーや美術館に行ったことがなかった。しかし東京出身の真紀さんは幼いころから美術館に通い、雅也さんは「その違いは大きい」と感じた。そして「美術館などがない場所に作品を見せに行けたらいい」と、ぼんやり思い描いていた。
 東日本大震災が起き、2014年にふたりは北海道に移住した。すると、東京で暮らしていた時にはたくさんあった移動美術館を実現するためのハードルが消え、雅也さんはあらためて「やってみたい」と思うようになった。ほかのアーティストの作品も展示して「この人のものはいいんだよ」と見せ、ささやかな生きる喜びを伝えたかった。
 昨年夏、雅也さんたちは初めてArt Van福寿走で1カ月ほど九州を巡った。知り合いを頼り、そこから紹介や口コミでつなぎ、個人の家の庭先やカフェの駐車場、福祉施設などに止めて、さまざまな人々にアートを届けた。そこでふたりが感じたのは、地方の若い世代が面白い動きをしていることだった。
 2年目の今年は、5月中旬に北海道を出発してフェリーで福井県の敦賀に行った。そこから紀伊半島の熊野に向かい、四国、中国地方、近畿、中部、関東と北上して、いわきにやって来た。事前にいわき在住のアーティストの吉田重信さんが手続きをしてくれ、中央公園を開館することができた。
 福寿走が「どうぞ」と扉を開け、そばに雅也さんと真紀さんがいるだけで、普段の公園とは違うたたずまいになる。道を通る人々は横目でちらりと見て、怪訝そうな面持ちで通り過ぎる。その無関心さもふたりは楽しむ。「見てもいいですか」と近づいてくる人をフレンドリーに迎え、長く立ち話をすることもある。
 場所や時間帯、環境などによって福寿走のいる風景は変わり、人々の行動も違ってくる。福寿走で旅しながら、ふたりはその土地の風土や人々の気質を肌で感じとる。見てくれる人数を気にした時もあったが、それより見た人のこころにどれだけ刻まれるかを大切にした。

 2日間のいわき滞在後、Art Van福寿走は岩手県の釜石に向けて出発した。そのあと盛岡と花巻の間にある紫波町に寄り、秋田の男鹿に行って7月初旬に十勝のわが家に戻った。「希望の種を届けたい」と始めた福寿走だったが、雅也さんたち自身が各地を巡りながら希望をもらったという。
 ぐるり全国の旅を終え、ふたりはいま、それぞれやりたいことを始めている。

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