019回 あじさいのころ(2005.6.30)

大越 章子

 

画・松本 令子

はがきの空間にある広い世界

あじさいのころ

 好間町の奥にある民家を改装したギャラリーで、シゲオセンセイとタツコさんご夫婦の二人展が開かれた。シゲオセンセイは鉄の彫刻家。年に何回か個展を開いている。タツコさんはいつもその準備を手伝い、二人展が初めての自分の個展だった。

 色鉛筆、クレパス、絵の具、ポスターカラー…。昔から、タツコさんは周りに画材を置いていた。子どもたちが小さい時は絵本を作ったりしたが、家事や子育てに追われ、長い時間そのままになっていた。
 5年前、パステル画を始めた。毎日の生活のなかに、絵にしたいテーマがたくさんあった。パステルなら手軽に描けると思った。最初に描いたのは1本の木。同じ手法で同じ質の紙に描いても、1本の木は描くたびに違い、パステルのとりこになった。
 パステルを削って紙にこすりつけたり、削ったパステルをコットンにつけて描くのがタツコ流。7色のパステルでいろんな色をつくる。描いた色は自分の一部分のようで、思う色と違っても満足してしまう。

 身近なものしか描かない。散歩している時は、草花にそっと近寄って見つめ、小さな世界に大きな宇宙を感じる。2階の部屋のカーテンを閉める時、夕陽に見とれ、こんな近くにこんなきれいな風景があったと、慌ててその場でパステルを持つ。描き終えると、風景が変化して、太陽の進む時間をも実感する。
 「近くにいいものがある」。パステル画を始めてから、タツコさんは “近くのいいもの”発見者になった。描きながら、そこにどんな空気が漂っているか、風、におい、光、音を感じ、あたかも自分がその中にいるように思える。はがき1枚の空間に、広い世界がある。

 背中を押されて開くことになった二人展。だれかに見せるためにパステル画を描いているわけではないからドキドキだった。ギャラリーに展示すると、タツコさんも鑑賞者になった。日ごろシゲオセンセイと話していることを代弁しているようで、パステル画と彫刻が呼応していた。「いいね」という見に来てくれた人々の言葉に、少し自信もついた。

 タツコさんから5年ほど前にいただいた庭のスミダノハナビが咲き始めている。このガクアジサイをタツコさんならどう描くのか、想像しながら眺めている。   
 

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