そこから広がるそれぞれのものがたり
千の風になって |
私のお墓の前で
泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
秋には光になって
畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように
きらめく雪になる
朝は鳥になって
あなたを目覚めさせる
夜は星になって
あなたを見守る
「千の風になって」。作家の新井満さんが作者不明の12行の英語詩「a thousand winds」を日本語詩にし、曲をつけた。そして新井さん自身が歌って私家版のCDを30枚だけつくり、それを聞いた知人で、朝日新聞の論説委員だった小池民男さんが「天声人語」で紹介した。「千の風になって」はたくさん人々の心に響き、広まっていった。
それが3、4年前。昨年の大晦日、紅白歌合戦でテノール歌手の秋川雅史さんが歌い、再びブームになっている。3、4年前はその詩、今回はすきとおった遙か遠くまで吹く風のようなその歌、メロディが心をとらえた。阪神淡路大震災から10年の先月17日にも、トランペットでこの曲が奏された。
海外ではマリリン・モンローの25回忌の追悼式、9.11の同時多発テロの一周忌の追悼式で、英語詩が朗読された。アイルランドのテロの犠牲になったイギリス軍兵士の青年が「もし僕が死んだら」と両親に託した手紙にも、英語詩が書かれていた。
詠み人知らずの詩なので、作者を巡ってさまざまな説がある。新井さん自身、この詩に出会い、訳し、曲をつけるまでにはものがたりがある。そのいきさつは著書『千の風になって』(講談社)に書かれ、作者についても想像のものがたりが描かれている。
たぶん、秋川さんもこの歌を歌うにいたったものがたりがあると思う。その歌を聞くわたしたちも、歌から広がるものがたりを持っている。
草木台にある個人宅の小さなホール「エリーゼハウス」でこのあいだ開かれた深町純さんのピアノのミニコンサートのラストに、即興で「千の風になって」が演奏された。春風、薫風、つむじ風、上昇気流、青田風など変幻自在の風がホールに吹いた。新井さん、秋川さん、スーザン・オズボーンさん、新垣勉さん、中島啓江さんなど、それぞれが歌うように。
「千の風になって」を多くの人に知らせるきっかけになった小池さんは昨年、59歳で風になった。
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