034回 朗読と語り(2010.1.15)

大越 章子

 

画・松本 令子

言葉は心で想像を描く

朗読と語り

 ふだん本は黙読するけれど、不意に、声に出して読みたくなることがある。好みの詩や美しいと感じる文章、絵本や言葉遊び、それに思い入れのある原稿。音読すると、言葉や文章がすっと立ち上がり、リズムが現れ、作者の呼吸や気づかなかった感情にふれることもある。書き上げた原稿も声に出して呼吸とリズムを確かめ、気持ちと呼応させる。
 マーガレット・ワイズ・ブラウンの絵本や、茨木のり子の詩をそれぞれが持つ雰囲気、空気感で読めたらうれしい。いつのころからか、年を重ねたらクッキーを焼きながら、詩や絵本読みのおばあさんになりたいと考えているけれど、修行はまだ何も始めていない。このあいだは少し自分の背中を押して、NHK文化学園いわき教室の平野啓子さんの朗読と語りの講座に出かけた。

 聴講者が30人ほどの贅沢な講座。すぐ目の前で、平野さんが芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を語り、ロバート・マンチの絵本「ラブ・ユー・フォーエバー」を読み聞かせ、太宰治の「走れメロス」を朗読した。語りと、読み聞かせと、朗読。平野さんはそれぞれに姿勢や表情を変える。
 平野さんがもの語りを始めると、雑然としたNHKの教室は消え、御釈迦様が極楽の蓮池のふちを歩き、「アイ・ラブ・ユー いつまでも/アイ・ラブ・ユー どんなときも/わたしがいきているかぎり/あなたはずっと、わたしのあかちゃん」とお母さんが歌い、聴いているわたしたちもすっぽりその世界に入り込む。
 そして「走れメロス」。「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した」と読み進めるうちに、いつの間にか古代ギリシアのまちが浮かび上がる。朗読は語りのしぐさや表情、それに絵本のページを見せることもなく、極めてシンプル。印刷された活字を声に出して、登場人物やまち、感情などすべてを表現する。
 妹の結婚式を無事に終え、殺されるために王の元へ走るメロスの姿、気持ちの揺れが手に取るようにわかる。赤い大きな夕陽、群衆、暴君ディオニス、親友のセリヌンティウスも動いている。45分の長い朗読をまったく飽きさせず、逆に「もう終わってしまったの」と聴く側に思わせる見事さだった。

 文学作品を声に出して感情表現をすると、子どもにもちゃんと伝わるのだという。名作名文には独特のリズムがあって、赤ちゃんでも楽しめる。その証拠に、聴きながら赤ちゃんも声を出す。長くてだれそうな場面ほど丁寧に表現するのが、飽きさせないコツらしい。言葉は心で想像を描く。
 聴講後、何度か『蜘蛛の糸』や『走れメロス』を開いてみた。目が活字を追うと、平野さんの語りと朗読が聞こえてくる。詩と絵本読みのおばあさんになるのははるか遠い。

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。