070回 冬の会津(2013.2.28)

大越 章子

 

画・松本 令子

風土に堪え忍びつくられるこだわり

冬の会津

 2月半ば、会津に出かけた。これまで冬は足が遠のいていたけれど、いま小さなプロジェクトの準備を進めていて、6人の仲間が取材を兼ねて冬の会津で集うことになった。 
  ふだん、いわきから磐越道で2時間ほど。初めは車で行くつもりだった。でもこの冬は雪が多く、たびたびスリップ事故のニュースを耳にする。天気予報も雪の日が続くようだったため、無理せずに高速バスを利用した。
  バスは郡山駅経由で会津に向かい、磐梯熱海辺りから真っ白の風景になる。足跡ひとつない、ふかふかの雪のふとんがどこまでも続き、すべてが眠っているみたいに静まり返っていた。3時間と少しで会津若松駅に着いた。 
  仲間とは夕方、宿で集合することになっていた。それまで、それぞれテーマを持って自由に取材した。土地柄なのか、会津での取材はいつも温かく、道を尋ねてもやさしく丁寧に教えてくれる。
  前もって約束していた会津の歴史に詳しい図書館長はひとしきり、山本八重が生きた時代からいまに残る風景やものについて話すと、「まちに詳しい人がいる」と文化課長を呼び、さらに翌日に歴史研究家に会える手はずをつけてくれた。
  降りしきる雪のなか、まちを歩いた。通りはきれいに除雪されているが、1本なかに入ると風景はがらり変わり、雪道になる。八重と同時代に生きた人たちの名残を探しながら、鶴ヶ城の大手口にある菓子店を目指した。
  しっかり防寒したつもりでも、どうしようもなく体が冷えて、途中、白のれんに誘われて酒蔵に入った。「どうぞ」と、小さいお猪口に注がれたにごり酒をぐっと飲み、純米酒と大吟醸を試飲して、差し出された甘酒も飲むと、体がぽかぽか温まり、歩き続ける元気がわいた。
  その夜は仲間たちと宿で囲炉裏を囲み、取材の報告とこれからのことを話し合った。部屋から一歩出るとしんしん底冷えした。
  天気予報に反して翌朝は青空が広がった。でも会津の冬の空は瞬く間に変わり、横なぐりの雪が降る。その繰り返し。宿の主人が「こだわるのが会津人」と言っていた。風土に耐え忍び、体の奥に揺らがない芯のようなものができ、それがやさしさや温かさにもなるのだろう。
  吹雪ではなかったが、目と鼻の先まで歩くのもつらく、その日は歴史研究家に話を聞いたほかは、ほとんど取材にならなかった。高速バスは会津と郡山の間で不通 になり、郡山まで磐越西線で帰らざるを得なかった。
  野口英世青春通りから会津若松駅までタクシーに乗った。運転手さんは大河ドラマで八重役を演じている綾瀬はるかさんの話を楽しそうにして、駅前のT字路で信号が赤になると、料金メーターを止めた。わりあい長い信号で、待っている間に料金が上がるのを避けるためだった。その気持ちがまた、何だかうれしかった。
  磐越西線も雪のために30分遅れの出発で、どこまでも白い風景が続いたが、こころは軽やかだった。今度は数日、のんびり冬の会津で過ごしたい。さくらが咲くのは例年、4月中旬から。今年はいつもより大勢の人が訪れるのだろう。

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。