多くの手と思いが込められている
1冊の本 |
去年のいまごろ、初代フラガールの小野恵美子さんの半生をまとめた『踊るこころ』の最終校正を終え、印刷所から本が届くのをどきどきしながら待っていた。
原稿が春にほぼ書きあがり、それまでの打ち合わせで、本の大きさや本文組は決まっていた。本文組とは本文ページのデザインで、普段あまり意識されていないが、その本の雰囲気を醸し出し、何より読みやすさを左右する。
もう少し説明すると、書体や文字の大きさ、1行の文字数と1ページの行数、字間と行間、天地(上下)とノド(開いた本の中心線)と小口(左右の端)の余白、ノンブル(ページ番号)と柱(作品名や章題を記したもの)などで、それらの微妙なバランスが、本という形に魂を宿す。
書きあげた原稿は本文組にして、うしろにアルバム風の年譜を加え、仲間たちにも手伝ってもらい、時間があれば繰り返し校正した。同時に、恵美子さんの写 真や陶芸家の箱崎りえさんの絵を使って、表紙やジャケット(カバー)、帯、扉などのデザインを進めた。
本の発行所は恵美子さんを印象づける紫からとって「紫草館」と名づけ、書店に置いてもらえるようにISBN(国際標準図書番号)を取得し、本の間に挟むスリップ(補充注文カード)も作り、多くの人に読んでもらえる値段にした。
新緑のころには東京の印刷所に出かけ、紙選びをした。表紙、見返し、扉、口絵、本文…それぞれ違う。本のイメージを膨らませ、見本帳とにらめっこして選んだ紙のほとんどはオフホワイトか生成りで、花ぎれもスピン(しおり)も白にした。ハードカバーの表紙の厚紙は手ざわりを確認して選んだ。
準備が進むなか、ジャケットと帯のデザインはなかなか恵美子さんのご主人が納得できるものにならず、最後の最後まで決まらなかった。ダミー本を工作して、さまざまなデザインのジャケットを掛けて見てもらっても、思うようなものではなかった。
ジャケットは本の顔で、帯は中身を主張する。ご主人は一瞬で「恵美子さんらしい」と感じられるものにしたかった。最終的には、常磐ハワイアンセンターのステージで踊っていた時代の2枚の白黒写 真を使って、恵美子さんを表すことにした。タイトルは金箔押しして、華やかな上品さを漂わせた。
印刷所から初めに届いた色校正で、選んだ紙の影響で本文の文字が沈んでしまって読みにくいことがわかり、慌ててフォント(書体)を取り寄せて文字を太くするなど、最後までどたばたの本づくりだったが、あきらめずに思う本を追究した。
1冊の本には細部までたくさんの人の手と思いが込められ、その本の宇宙、世界がつくられている。本を開いた時、そんな目で眺めてみると、少し違った風景に誘ってくれるかもしれない。
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