問題を乗り越えながら結びつきを深める
くまのアーネストおじさん |
湯ノ岳のくまの痕跡を取材してから、くまのことが頭から離れない。ちょうどBSプレミアムで放送された映画「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」を見たり、そのあと懐かしくなって、ガブリエル・バンサンの絵本『セレスティーヌ』(BL出版)を本棚から出して眺めたりしたからかもしれない。頭のなかでぐるぐる、くまの姿が巡っている。
ずんぐり太ったくまのアーネストおじさんと、かわいいねずみの女の子セレスティーヌのおはなしは、水彩 画で描かれたシリーズの絵本が全部で20巻あって、ほかにデッサンで描かれた『セレスティーヌ』と『あの日』の別 巻がある。
作者のガブリエル・バンサンは、ベルギーのブリュッセルで生まれ育った。4人姉妹の3番目で、ファッション関係のイラストなどを描く仕事を時々していた母からお絵かきを教わったという。美術学校を卒業してからも熱心にデッサンを描き続けた。
その絵はピーターラビットのビアトリクス・ポターの影響を受け、18歳で出会った日本の水墨画を手本にしてきた。53歳の時に「くまのアーネストおじさん」シリーズの最初の『かえってきたおにんぎょう』で絵本の世界の扉を開いた。
それから35年間、72歳で亡くなるまで絵本を作り続けた。走っている車から道ばたに捨てられた1匹の犬のさまよい歩く1日を描いた『アンジュール』や、ある日、野のはてに忽然と現れた巨大な卵のはなし『たまご』、シャンソン歌手のジャック・ブレルの詞に絵を描いた『老夫婦』など、アーネストおじさんシリーズ以外にも数多くある。
村はずれの家に住むアーネストとセレスティーヌのものがたりはどれも、まず困ったことが起き、セレスティーヌにせっつかれて、アーネストが取り組み、夢中でやっているうちに解決し、ふたりはこころの結びつきを深めるという展開になっている。
散歩の途中で人形を落としたり、楽しみにしていたピクニックの日に雨が降ったり、果 樹園でプラムを拾っていて怒られたり、ふたりに起きるアクシデントは、わたしたちが日常で経験したり、目にしたりすることばかり。
それはバンサンが実際に体験したことを描いているからで、アーネストはくまで、セレスティーヌはネズミでも、しぐさや表情、こころの動きは人間とまったく変わらない。だから違和感なく、その世界に入り込める。
アーネストはその時々、職業が変わり、お金に困っている。脆さもあるふたりの生活だが、工夫を凝らし、体や手も動かして、どうにかしてしまう。なんの変哲もない日常が、ふたりにかかるとすてきに思え、気持ちがほんわかしてきて、だれかにやさしくしたり、甘えたりしたくなる。
アーネストとセレスティーヌの出会いは『セレスティーヌ』に描かれていて、セピア色の線画とアーネストの日記のような短い言葉にひきつけられる。そしてバンサンが入院中の病院をぬ け出して描き、遺作となった『セレスティーヌのおいたち』で「わたし、どんなふうにうまれてきたの?」と、問いかけるセレスティーヌに、アーネストは戸惑いながら、言葉を選んでその出会いを正直に話す。
どこまでも潔く、気持ちがいい。それはバンサンの生きかたにも通 じる。
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