クマと鉢合わせしないように気をつける
サリーのこけももつみ |
自室のつんどく本の山を整理していて、手にした星野道夫の『旅をする木』(文春文庫)を何気なく開いた。1996年にアラスカでヒグマに襲われ命を落とした星野が生前、最後に出版した本。26歳でアラスカに渡り、17年の歳月のなかでカメラを持って追い続けた自然や動物の姿、出会った人々などを綴っている。
2年半前に他界した父の最初の入院の時に、「気に入ると思うよ」と手渡した1冊でもある。病院のベッドに横になって、カリブーが描かれた青い表紙のこの本を読む姿を覚えている。退院前に返してよこした際、ちゃんと感想を聞かなかったのを残念に思っている。そのあと2度の入院をして、本はつんどく山に埋もれていた。
あらためて『旅をする木』を読んでみると、壮大な自然のなかでの日常の幸福感が伝わってくる。そういえば、星野の没後20年(2016年)には『旅をする木』の木に一を書き加えて「旅をする本」と名づけ、バックパッカーや冒険家、研究者などその本をバトンのように手にした人が旅をしながら読み継いでいった、ドキュメンタリー番組「メ旅をする本モの物語」が放送された。
ところで『旅をする木』のなかに、北国の秋の話がある。秋のアラスカの原野ではブルーベリーやクランベリーの実が熟し、人間は冬の暮らしのために摘んで蓄え、クマは冬ごもりのためにせっせと食べて脂肪を蓄える。
そこで人間が気をつけなければならないのは、クマと鉢合わせしないこと。ブルーベリーを食べるのに夢中になると、人間もクマも周囲を気にする余裕がなくなってしまう。星野自身、ブルーベリーを夢中で食べ、ふと気づいて注意深く周囲を見回したことがある。そしてそんな時、星野はマックロスキーの絵本『サリーのこけももつみ』を思い出すという。
ある秋の日、お母さんとサリーが山にコケモモを摘みに行くはなし。サリーは夢中で実を摘むお母さんのうしろをついて行くが、いつの間にかはぐれてしまう。同じ山の反対側からはクマの親子がコケモモを食べにやって来て、やがて子グマも夢中になって実を食べる母グマを見失い、そのうちサリーは母グマのうしろを、子グマはサリーのお母さんのうしろをついて行ってしまう。
サリーと子グマがそれぞれ、はぐれてしまったお母さんに会えるのか、どきどきする場面 もあるが、ものがたりのアクセントになっている、サリーが摘んだコケモモをポリン・ポロン・ポルンとバケツ入れる音と、子グマがコケモモを食べる、むちゃむちゃ・ごっくりという音が、親子をつないでいる。 だから本の見返しには、20世紀半ばのカントリー風のキッチンでたくさんのジャムを作る、サリーとお母さんのしあわせそうな姿が描かれている。
星野が亡くなったあと、星野の遺稿と写真で作られた『クマよ』(福音館書店)は、アラスカのクマたちの一年を通 した様子が、短い文章とともに伝えられている。そのなかには色づいたマッキンレーの山のふもとで、秋の実をむさぼるクマたちの姿もある。
もちろん秋の実を食べているのはクマだけでない。『旅をする木』にも綴られているように、時々、頭をあげて互いの場所を確かめながら、星野はズボンを秋の実にそめて、クマたちもおしりを秋のみにそめて食べている。
久しぶりに『サリーのこけももつみ』にふれたら、なんだか湯ノ岳のクマのその後が気になって、ここ2年ほどクマたちを追っている三浦芳治さんに電話をしてみた。
三浦さんは1カ月ほど前に山に入り、子グマのくま子に後をつけられたという。今年はどんぐりが豊作なので、くま子も夢中でどんぐりを食べているのだろう。
秋いろはどんどん深まっていて、耳をすますと冬の足音がかすかに聞こえる。
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