色彩や細部が絵本とは明らかに違う
『スイミー』の原画 |
このあいだ東京に出かけたついでに、新宿の損保ジャパン日本興亜美術館(東郷青児記念美術館)で開かれている、絵本作家のレオ・レオーニの展覧会を観た。絵本の原画やグラフィックデザイン、絵画、彫刻など、手がけた作品から89年の生涯をふり返る展覧会で、代表作の一つ『スイミー』の幻の原画も五枚展示されていた。
『スイミー』は、みんなと違った色をした1匹のちいさな魚のおはなし。
赤色をした魚のきょうだいのなかで、1匹だけまっ黒なスイミー。ある日、きょうだいたちはみんな、お腹をすかせたマグロに呑み込まれ、だれよりも速く泳げたスイミーだけが逃れられた。ひとりぼっちで海をさまよい、さまざまな生きものと出会って、少しずつ元気を取りもどしていった。
そんなある日、スイミーはきょうだいたちとよく似たちいさな魚の群れに出会う。群れは大きな魚を恐れ、岩かげに隠れて暮らしていた。「だけど、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかない」。そう思ったスイミーは、みんなで大きな魚のふりをして泳ぐことを考えた――そういうものがたり。
1963年、レオ・レオーニが53歳の時の作品で、日本では69年に谷川俊太郎さんの訳で出版された。77年から光村図書出版の小学2年生の国語の教科書にも載っているので、多くの人がスイミーをよく知っている。レオ・レオーニにとっても『スイミー』は特別 な作品で、生前、「自伝的なものがたり」と話していたという。
というのも、レオ・レオーニはオランダで生まれたユダヤ系で、両親の仕事の都合でイタリアに移り住み、第二次世界大戦が始まるとアメリカに亡命し、イラストレーターやグラフィックデザイナーをしていて、1959年、孫のために作った『あおくんときいろちゃん』で、絵本作家デビューをした。
4作目の『スイミー』以降、絵本制作が仕事の中心の一つになった。晩年はイタリアのトスカーナとニューヨークを行き来し、1999年、トスカーナで亡くなった。生涯にわたって「自分とは何者なのか」を探し続け、絵本でもそれを問い、自分らしくあることの大切さや違うことを認め合うすてきさを、シンプルにわかりやすく伝えた。
『スイミー』の原画はいまのところ5枚しか確認されていない。きうだいたちがマグロに呑み込まれてしまう場面 と、クラゲ、イセエビ、ウナギ、イソギンチャクがそれぞれ登場する場面 。展覧会にはスロバキア国立美術館が所蔵するそれらが展示されているが、絵本とは色彩 や細部が明らかに違う。
説明文によると、なぜ絵本と違う原画がスロバキア国立美術館に収蔵されたのか、絵本の原画はどこにあるのかもわからないという。帰宅後、絵本を開いて、ミュージアムショップで買った原画の絵はがきと改めて見比べた。いくらか経年による退色もあるだろうが印象はかなり違う。なにより絵本の絵は海の底の雰囲気がよく表されていて、めくっていると質感が伝わり、音も聞こえてくる。
このとろけそうな暑い夏に『スイミー』を開くと、海中散歩をしているように思えてくる。それに、原画の行方が気になってしかたない。
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