残されたスケッチの断片から作曲
交響曲第10番 |
前々回の「ストリートオルガン」で、ベートーヴェンとフォルテピアノについてふれた。そのあと「阿武隈山地の万葉植物」を連載している湯澤陽一さんから「ベートーヴェンの交響曲第十番があるのを知っていますか」という手紙をもらった。
ベートーヴェンの交響曲は九番までとばかり思っていた。詩人シラーの詩「歓喜に寄す」に曲をつけたいとの長年の願いが、ようやく第九番でかなえられた。1823年に大部分が完成し、翌年、初演され、その3年後、ベートーヴェンは56歳で亡くなっている。
調べてみると、ベートーヴェンは後半の交響曲を、五番(運命)と六番(田園)というように、2曲を並行して作っていたという。十番は九番と同時に取りかかったが、早々にあきらめ、曲作りのスケッチ稿の断片のようなものが残されている。
その断片について、ベートーヴェンの音楽理論研究で有名な、イギリスの作曲家でオルガニストのバリー・クーパーさんは「ベートーヴェンが1822年から25年の間に作曲した、かなりの数のスケッチ稿は明らかに第十番のために書かれたもの」と、論文で結論づけている。そして断片をもとに補作して「交響曲第十番」の第一楽章を完成させた。
バリーさんによると、スケッチのなかに30小節以上続いた音楽はなく、多くはハーモニーに欠けているが、第一楽章は想像の世界に頼らず完成できたという。
1988年九月、ウイン・モリスさんの指揮でロンドン交響楽団がその「交響曲十番」の第一楽章を演奏し、世界で初めてのレコーディングもした。翌月、日本ではバリーさんが指揮した読売交響楽団の演奏がテレビで放送された。
「幻の交響曲第十番」と書かれたロンドン交響楽団のCDを湯澤さんが持っていて、借りて聞いた。20分ほどの演奏で、アンダンテの穏やかな序奏が長く続き、そのあとベートーヴェンらしい旋律が所々に現れるが、徐々にあてもない旅に出てしまったような感じに襲われる。ただ試みはおもしろく、聞きながらスケッチ稿の音探しをする。
演奏のあとに「ベートーヴェンのスケッチから交響曲第十番が復元されるまで」と題した、バリーさんの英語の講演が30分ほど入っている。そのなかで「わたしの想像に任せるよりも当時、ベートーヴェンの頭のなかで何が描かれていたのかを現すために、なるべくスケッチに忠実であるように努力した」と説明している。
2020年にベートーヴェンの生誕250年を迎えるにあたり、生まれ故郷のドイツのボンでは、人工知能を使って交響曲十番を完成させるプロジェクトが進められてきた。春にはボンで、完成した曲をフルオーケストラで演奏する予定だったという。
ところが新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウンされ、演奏会は11月に延期になった。しかし11月初めから再びロックダウンとなり、具体的な日程は決まっていないが2021年に持ち越された。
バリーさんとAIの交響曲十番を聞き比べてみたい。天国のベートーヴェンは2つの曲をどんな顔をして聞き、なにを思うのだろう。
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