167回 絵本『海のアトリエ』(2022.1.15)

大越 章子



画・松本 令子

大切な人とのふくよかな時間

絵本『海のアトリエ』

 大晦日、買い物に出かけたついでに書店に寄り、気になっていた堀川理万子さんの絵本『海のアトリエ』(偕成社)を買った。表紙や本文の書体に違和感があって、見つける度に手にとっては置いてを繰り返してきた。でも年の瀬が迫るなか、2021年に作られた絵本の「わたしのお気に入り」に思えてきた。
 物語は、女の子と一緒に暮らすようになった、おばあさんの部屋に掛けてある古い少女の絵から始まる。「おばあちゃん、この子はだあれ?」「あたしよ」と。それから、おばあさんは女の子と同じ年のころ、いやなことがあって学校に行けなくなり、家に閉じこもっていた夏休みの思い出を語り始めた。
 その夏休み、おばあさんはお母さんの友達の絵描きさんに誘われて、海辺のアトリエで1週間を過ごした。猫と遊び、本を読み、絵を描き、さかだちの練習をし、海の風に吹かれて…。美術館に出かけた日は帰ってきてからお互いを描き合い、家に帰る前の晩は朝から準備してふたりと1匹でパーティーをした。
 それはそれはかけがえのない1週間で、おばあさんは絵描きさんとのその時間をずっと大切に思ってきた。おばあさんの「あなたはこれから、あなたの大事な人に出会うのよ。そんな日が、きっとあなたを待っているわ」という女の子のへの言葉からもよくわかる。

 作者の堀川さんは子どものころ、近所に住んでいた女性画家に絵を習っていた。天井の高い、静かなアトリエに1人で暮らしていたその画家は、堀川さんにとって初めての、子どもを子ども扱いしない人だったという。
 『海のアトリエ』は編集者に「子ども時代に出会って、いまも影響を受けている人」を聞かれ、描き始めた。絵描きさんと少女だったおばあさんの時間を濃蜜にするため、葉山の海での記憶もたどりながら。
 透明水彩で描かれた絵は1枚1枚ていねいで、ディティールに入り込むと、文字では表されていないさまざまなことがわかってくる。ページをめくっているうちにゆったり、ふくよかに流れる時間を一緒に過ごしているように思えてきて、不意に高校2年生まで通ったピアノのレッスン室の記憶ともつながる。
 「青い鳥は自分のなかにいる」。読み終わって絵本を閉じると、ある女性画家の言葉が浮かんだ。おばあさんの絵描きさんとその女性画家は別人だが、そんなふうにイメージが広がるのもおもしろい。
 9月にBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し「もちろん絵本は文学」を広く再認識させた絵本でもある。

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