178回 ウクライナ国立バレエ(2023.1.31)

大越 章子



画・松本 令子

舞台から黙して伝え続ける

ウクライナ国立バレエ

 クリスマス・イヴの前日に、ウクライナ国立バレエの「ドン・キホーテ」(全幕)の公演をいわきアリオスで観た。ウクライナ国立バレエは、百五十年の歴史を持つウクライナ国立歌劇場を拠点にしているバレエ団で、これまでの「キエフ・バレエ」の名をこの冬の来日公演から改称した。
 例年、冬の公演は「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」など、チャイコフスキーの作品が多く上演されてきた。新型コロナウイルスの影響で2020、21年の公演はなかったが、19年にはアリオスでも「くるみ割り人形」が上演された。しかしウクライナ文化省の要請で、いま、ロシア人作曲家の作品は控えている。

 昨年二月のロシアの侵攻と同時に、ウクライナ国立歌劇場は閉鎖され、バレエダンサーたちのなかにも国外へ逃れた人がいた。とはいえ4カ月後から小規模なガラ公演を再開し、そのうちに避難していたダンサーたちが少しずつ戻り、秋には大規模な公演ができるようになった。その演目に選んだのが「ドン・キホーテ」だった。
 セルバンテスの同名の小説を原作に、レオン・ミンクスの楽曲が使われているバレエ作品。自らを中世の騎士と思い込んでいるドン・キホーテが訪れたスペイン・バルセロナの広場で、恋人同士のキトリとバジルの結婚を中心に繰り広げられる騒動が描かれている。おおらかで遊び心があり、随所に即興の自由さが散りばめられていて明るい。
 夏には国外に散り散りになっていたダンサーたちが日本に集まり、ロシア侵攻後、初めての海外ツアー「キエフ・バレエ・ガラ公演」が行われた。いま、ウクライナ国立歌劇場ではバレエとオペラの公演がされていて、戦時下であっても人々が足を運んでいるという。

 アリオスの大ホールも、ホワイエ(劇場の入口から観客席までの通路)も通常のバレエ公演と様子は変わらず、ロシアと戦っている気配を感じることはなかった。それでも客席で幕が上がるのを待つ間、頭に浮かんだのはやはり戦禍のウクライナだった。
 ウクライナの冬は零下10度から20度にもなり、寒さが厳しい。公演の1週間ほど前には、各地で大規模なミサイル攻撃を受け、停電や断水が続いているというニュースが伝えられた。それでも街に巨大ツリーを立て、青と黄色のイルミネーションで人々を励まし勇気づけた。
 「ドン・キホーテ」は全3幕。第1幕は人々が広場で騒いでいるところに、ドン・キホーテが従僕のサンチョ・パンサを従えて登場し、宿屋の看板娘のキトリを理想の女性ドルシネア姫と信じてしまう。
 2幕は姿を消したキトリを探しに出かけたドン・キホーテは森のなかをさまよい、ジプシーたちに出会う。そこで人形劇を真に受け、悪者をやっつけようと風車に突進して意識を失い、美しい森のなかでキューピットや森の女王、ドルネシア姫と出会う夢を見る。
 そして3幕。バルセロナ広場でキトリと床屋のバジルの結婚式が盛大に行われる。ドン・キホーテは新たな冒険を探す旅に出かける。
 陽気で鮮やかな「ドン・キホーテ」は、バレエの祝祭といわれている。広場に集う人々や闘牛士たちのシャープな踊り、花形闘牛士やジプシーたちの情熱的な動き、森の女王の幻想的なクラシックバレエ、大きなジャンプや回転など華やかで、いつの間にかその世界に引き込まれた。
 クライマックスは結婚式のグラン・パ・ド・ドゥ(2人の踊り)。すっかり魅了され、幕が下りてもしばらく余韻に浸った。

 後日、夏に日本で行われたキエフ・バレエ・ガラ公演を追ったNHKのドキュメンタリーを見た。家族が激戦地に送られているなど心配事をそれぞれが抱え、ホテルの部屋では家族と連絡を取り合っていても、バレエと向き合っている間は決して戦争の話はしない団員たちの姿が映し出されていた。
 戦争で犠牲者が出ているなかで「バレエは必要なの?」「バレエを踊ることに何の意味があるの?」と自問していたプリンシパル(バレエ団の最高位のダンサー)は、やがて踊ることで何かを伝えられるかもしれない、と思うようになった。「ウクライナとともにいてください」「ウクライナをサポートしてください」と、舞台から黙して伝え続けるという。
 ドキュメンタリーでは、キエフ・バレエ芸術監督で名バレリーナのエレーナ・フィリピエワが踊る「瀕死の白鳥」の映像もあった。静かな湖面で生きようともがく1羽の傷ついた白鳥。生あるものの最期の瞬間まで続く生きるための闘いを表現していた。

 ロシアの侵攻からもうすぐ1年になる。「早く戦争が終わりますように」と、世界の多くの人々が願い続けているのに、それぞれのちいさな思いはなかなか終結させる力にならず、日本では防衛が大きく変わろうとしている。

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