180回 二つの「ロマンス」(2023.3.31)

大越 章子



画・松本 令子

 小学校卒業と中学校入学をつなぐ

二つの「ロマンス」

 テレビの歌番組でイルカが「なごり雪」を歌い始めた。

 汽車を待つ君の横で
 ぼくは時計を気にしている
 季節はずれの雪が降ってる


 「旅立ちのうた」がテーマの番組だったからなのか、謝恩会のあとに仲間たちと数軒はしごして、最後にみんなで「なごり雪」を歌った35年ほど前の光景を思い出した。国分町かその界隈の店だったはずだが、そのワンシーンのほかは覚えていない。「東京で見る雪は……」の歌詞を「仙台」に置き換えての合唱になった。

 卒業にまつわる音楽でいまも心に残るのは、ベートーヴェンの二つの「ロマンス」。小学校の卒業証書授与の際に流れた。何度目かの練習のあとに担当の先生に曲名を尋ね、ベートーヴェンが作った二つの小さなヴァイオリン協奏曲であることを知り、両親にレコードをねだった。
 正確にはロマンス第一番ト長調と第二番へ長調。春を感じさせる優美で抒情的な2番は1798年の暮れ、ベートーヴェンが28歳の時に作られ、3年後、静かで少しせつない1番が書かれた。それから10カ月ほどして、ベートーヴェンはハイリゲンシュタットの遺書を書いた。
 20代後半から始まった耳の不調は日常生活にも支障をきたすようになったころ。自身の運命を呪い、苦悩や孤独感を弟たちに綴った遺書で「もうおしまいだ。喜んで死と対峙しよう」などと記している。けれど、ほどなく音楽創作が生きる希望となり、のちにロマン・ローランが名づけた「傑作の森」の時代に入る。
 その時代、交響曲では第3番「英雄」と5番「運命」と6番「田園」、ピアノソナタは「テンペスト」や「熱情」、ピアノ協奏曲は第5番「皇帝」、ヴァイオリン協奏曲は「ニ短調 作品61」、ヴァイオリンソナタは「クロイツェル」などが作られた。
 ヴァイオリン協奏曲作品61は1楽章だけで25分、3楽章まで合わせると40数分にもなるが、聴いていて穏やかな幸福感に包まれる。ねだって買ってもらった二つの「ロマンス」のレコードにも入っていて、2楽章はロマンスともに卒業式で使われた。
 演奏はチェコのヴァイオリニストのヨーゼフ・スーク。なじみの店に1枚だけあった二つの「ロマンス」が入ったLPで、奏者のことは気にせずに購入した。ヨーゼフ・スークがドボルザークの曾孫で、ボヘミア・ヴァイオリン学派の継承者であることはずいぶんあとに知った。

 父の転勤で小学校に入学する3日前にいわき市に引っ越してきて、自宅の新築に伴い、卒業とともに市内の別な地区に移った。その時期に繰り返し聞いた二つの「ロマンス」とヴァイオリン協奏曲作品61は、小学校卒業と中学校入学をつなげている。
 ロマンスの2番が流れ始めると、いまでも「卒業証書授与」という進行役の先生の声が聞こえ、卒業式の光景が現れる。級友たちとまったく違う中学校の制服を着て臨み「夏休みにはこの体育館にクラス全員で集合しよう」と約束して別れた。春の陽射しはやわらかで、ほんの少ししょっぱかった。

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