時空を飛び越え大切なことを語りかける
絵本『夜の木』 |
いつごろからだったか、どこかのまちで書店に入ると、必ず探す絵本があった。あえて店員さんに尋ねたり、ネットで探したりはしないで「そのうち、きっと巡りあえる」と思って、書棚を一通り探して歩いていた。ようやく見つけた時は、ほんとうに探していた絵本なのか、しばらく佇んで3冊並ぶ大判の背表紙を眺めた。
その絵本は南インドのチェンナイにある、ちいさな出版社「タラブックス」の『The Night Life of Tree』(『夜の木』)。2008年に、児童書専門の世界的な見本市「ボローニャ・ブックフェア」でラガッツィ賞に輝いて、タラブックスの名前を一躍世界に知らしめた。その1年前に絵本・児童書の出版社で働いていた田村実さんがボローニャ・ブックフェアでこの本と出あい、自身の出版社「タムラ堂」を立ち上げて、2012年に初めて日本語版『夜の木』を刊行した。
以来、ゆっくりと版を重ね、書店で見つけたのは最新の12刷だった。版ごとに表紙の絵が変わり、12刷の表紙は本のはじめにも登場する「闇夜に光る木」で、タラブックスの初版(2006年)の表紙に使われた。透明な袋に入っていたので、なかを開くのは遠慮して、うしろに手書きで記されたシリアルナンバーが一番しっくりいくものを選んだ。
この絵本には、さまざまな樹木が登場する。描かれているのはインド中央部の先住民族・ゴンド族に伝わる神話の世界で、闇夜のなかで昼間とは違う姿を見せる木々をゴンド族の3人のアーティストが鮮やかに描き、添えられた詩的な短文は物語をより印象深くしている。
「聖なる木」と言われ、実は小鳥のような形をしているドゥーマルの木、「うたの木」と呼ばれるサジャの木、ジャングルの奥の一番奥にはえていて枝の一本一本が絡み合っているマハラインの木、釈迦がその下で悟りをひらいたと言われるインド菩提樹…キリサルの木はどこにいても守ってくれるという。
すべてハンドメイドの絵本で、黒く染められた手漉きの紙にシルクスクリーンで1枚ずつ刷って、製本も手作業で糸かがりして、表紙は手貼りで仕上げている。だから開いた時にかすかにインクの匂いがして、ごわごわした紙に盛り上がったインクの手ざわりも感じられる。
繰り返しページをめくる。その時々の心持ちで、流れるような曲線や幾何学模様などをふんだんに使って描かれた木の絵は、イマジネーションを広げてくれる。
この夏は「焼き場に立つ少年」で知られる、アメリカ軍の従軍カメラマンだったジョー・オダネルさんの写真集をずいぶん見ていたので、闇夜の木々が広島や長崎の被爆樹木に思えた。79年前に原子爆弾が投下され、熱線や爆風を浴びながらも惨禍を生き抜いてきた木々だ。
広島は爆心地から2㎞以内に159本、長崎は4㎞以内に50本が現存する。原爆にあたった部分は丸いウロコのように変化して明らかに形が違い、それに共通する特徴しとて木は爆心地側に傾いているという。そんなふうにして被爆樹木はあの日の証言者として、平和の尊さを伝え続けている。
『夜の木』もそのように時空や言語を飛び越えて、わたしたちに大切なことを語りかけてくれているように思う。
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