幸せは自分の気持ちが満ち足りているかどうか
ア・ターブルのはなし |
BS松竹東急で水曜日の深夜に放送されているドラマ「ア・ターブル~ノスタルジックな休日」を録画して見ている。ア・ターブルはフランス語で「ごはんですよ」の意味。俳優の市川実日子さんと中島渉さんが演じる、吉祥寺から徒歩20分の家に住む主人公夫婦のものがたりが、毎回、さまざまな料理を作るなかで紡がれていく。
夫婦が愛用しているのは、祖母や母たちが読んでいた暮らしの手帖社の料理本『おそうざい十二カ月』と『おそうざい風外国料理』。載っているレシピを見ながら、夫婦ふたりで台所に立って作って食べ、料理の感想を述べ合い、傍らにお酒を置いていろんな話をする。そして食後に、丁寧にいれたコーヒーを飲む。
2冊の料理本は『暮らしの手帖』の初代編集長の花森安治さん(故人)の「だれでも一流の味を家庭で味わえるように」との思いから生まれた。多くのお客さんに支持される一流の料理人に、家庭向けの料理を考案してもらえば、本当においしい上質なレシピになるのではないか、と考えたという。
家庭で食べたいのは料理ではなく、おかず。核家族が少しずつ増え、母から子どもに料理を伝える機会がなくなりつつあった時代に、花森さんはおかずの学校のような料理本を目指した。『おそうざいの十二カ月』は昭和31年から十数年、「暮らしの手帖」で連載したものを、昭和44年に単行本にまとめて出版された。
大阪の日本料理店「生野」の主人だった小島信平さんが春、夏、秋、冬と季節ごとに50品ほどの手早くできて安く、おいしいおかずの作り方をやさしく教えている。味つけはほとんどの人がいいと感じる分量。初めは書いてある通りに作ってみて、それから食べた感想を参考に変えていき、わたしの家の味をつくっていく。
『おそうざいふう外国料理』も同様に連載したものを、3年後の昭和47年に刊行された。そこには、本格的な外国料理はホテルや専門店でしか食べられなかったころ、一流で日本人の口に合った外国料理を家庭で味わえたら、という思いがあった。帝国ホテルと大阪ロイヤルホテル、中華料理店「王府」のそれぞれ料理長が毎日のおかずにぴったりの、異国を感じる調理法を伝えている。
ドラマ(全13回予定)の登場人物は主人公夫婦のほかに、妻の姪と職場の大学教授と叔母、夫の叔父の妻だけ。それも、ほかの登場人物が同じ回に出てくることはない。夫婦はその時々、三鷹の国立天文台や東京タワーの展望台に行ったり、井の頭公園での野点や神田川を周遊するクルーズ船を楽しんだり、訪ねてきた姪や叔母と会話を弾ませたりなどしている。
静かにゆったりとストーリーは展開する。夫が不在のある夕方、妻は叔母さんとしいたけごはんと高野どうふのおらんだ煮、ひき肉のあられだんごを作り、ふたりで向き合って食べ始める。叔母さんは「おいしく食べられることは幸せなこと。すごく元気になる」と箸を進める。
そして昔読んだエッセイにふれ、パリのモンパルナスの食堂でフランス人がプレココストという鳥料理をひたすら食べる描写が本当においしそうで、パリに行った時に一番にその料理を食べた思い出話をした。
残念ながら、ごく普通の料理だったようだが、でもその時のまちのにおいや、異国の地で心細かったことなどを一緒に覚えていて「記憶はいろんなことを結びつけている。きょうの食事のこともずっと忘れないんだろうな」と、叔母さんは言う。
夫婦が暮らす家のたたずまいもいい。登場人物はそれぞれに、さまざまなことを抱えているけれど、好奇心旺盛に自分のスタイルを大事に生きている。しあわせは、自分の気持ちが満ち足りているかどうか。日々、しっかりご飯を作って、おいしく食べられたら、元気な明日が待っている。
今度の休みに、物置の段ボールに入っているという母の『おそうざい十二カ月』を探してみよう。
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