004回 わんわん物語(2004.2.28)

大越 章子

 

画・松本 令子

釘づけにさせる小さきものたち

わんわん物語

 午前3時、子犬のなき声で目が覚めた。父が会社から段ボールに入れて連れ帰ってきた子犬で、見知らぬ家での初めての夜に心細いのか、それとも唐突な父の行動に大パニックとなったわが家の雰囲気を敏感に察知して身を案じたのか、なかなかなき止まなかった。
 眠い目をこすりながら部屋から出て階段を2、3段下りると、しゃがんで子犬に話しかけている父の後ろ姿が見えた。「わん公、どうした。静かにしろよ。しーだぞ、しー。みんな、寝ているんだから。君も寝なさい」。そう言ってなだめていた。
 いわき動物病院の前でガラス越しに、すやすや眠っている子犬たちを見ていたら、あの時、階段から見た1人と1匹の光景を思い出した。
 いわき動物病院は犬と猫の病院。2000年1月にいまの平大町の国道6号線沿いに開院した。院長の木下勉さん(50)は獣医歴26年になる。最初の6年間は県の家畜診療所に勤務し、それから、まちの動物のお医者さんになった。
 繁殖も手がけていて、畑の真ん中の建物で生まれた子犬たちが生後40日になると病院に連れてきて、1カ月ほど下痢など健康チェクをする。生後3カ月ぐらいまでは伝染病が入り込みやすいので、子犬たちのいる部屋は原則として関係者以外は立ち入り禁止。ただ、外からガラス越しに自由に眺めることはできる。
 前を通る人は必ずと言っていいほど足を止める。買い物袋を下げた女性、ビジネスマン風の男性、学校帰りの高校生、家族連れ…。特に暖かな土曜、日曜日にはたくさんの人がガラス越しに子犬たちに釘づけになっている。子犬は多い時には5、60匹になり、1階の部屋だけでは足りず、2階の部屋にも入れている。
 健康チェックを終えた後、子犬たちは都会に出て行くのだが、ガラス越しに眺めていて欲しくなった人には譲っている。
 3年半前、夜なきをしていた子犬はいま、体重が20kgにもなり、病院に行くと「ダイエットしようね」と、看護婦さんに言われてしまう。日々、おてんばぶりを発揮し、周囲に何かと話題を提供している。ガラス越しのケージに入った子犬たちにも、これからいろんな物語が待っている。

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