548号 戦中派の来し方(2026.1.1)

画 黒田征太郎

 

    長い戦後を死者とともに生き

    死者に動かされた人生 

 

戦中派の来し方

 読売新聞文化部記者の前田啓介さんから『戦中派―死の淵に立たされた青春とその後』(講談社現代新書)が届いた。510ページの分厚い本で、まさに労作。死と隣り合わせの体験をした人たちを訪ね歩き、その人生や思いを丹念にすくい上げた。そのひたむきで真摯な取材に共感し、本を傍らに置いて何度もページを開いた。

 前田さんと知り合ったきっかけは一通のメールだった。どこで知ったのか、「日々の新聞」の50号(平成17年3月31日付)が残っているかの確認だった。そこには作家の古山高麗雄と親交があった安井トクさん(当時86歳)のインタビューが載っていて、どうしても読みたいということだった。
 トクさんは、古山が何度も作品に登場させている戦死した友人、倉田博光の恋人だった人で、「トクさんを直にインタビューしている記事はなく、とても貴重」と言うのだ。メールで何回かやりとりをしたあと、今年3月には編集室に来て当時のことを取材し、トクさんが住んでいた内郷綴町舟場の廃屋を訪ねている。20年前、初めて会ったトクさんの姿が蘇ってきた。
 貧しさの中で玉の井に売られ、そこで古山や倉田と知り合った。3人の人生にとってその日々は、かけがえのないものだったのだろう。私娼時代のことを聞いていいのか逡巡し、インタビューの前に「言えることだけ話してください」と前置きすると「私の人生には隠すことなどありませんよ」と言われた。一瞬、空気が張り詰めたような凜とした一言だった。

 令和7年(2025)は戦後80年だった。前田さんは自らを「昭和時代を知るしんがりのような1981年生まれ」と位置づける。そしてこの本の中核に据えた古山を「長い戦後を死者とともに生き、死者に動かされた人生を送った」と書いた。
 その来し方こそが、戦中派たちそのものの姿なのだと思う。 

                                        (安竜 昌弘)

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