559号 先輩に会う(2026.6.15)

画 黒田征太郎

 

  思い立ったら吉日

  互いの無事を確認し話して酔った素敵な夜      

先輩に会う

 

 千葉県市川市に住む地域紙時代の先輩に会いに行った。朝8時半ごろに車で家を出て、途中、笠間市にある茨城県陶芸美術館で開かれている「吉田璋也のデザイン―新民藝運動がめざした未来」(6月21日まで)をじっくりと見た。
 吉田璋也(1898~1972)は鳥取市出身の民藝運動家で、医師。医学生時代に柳宗悦と知り合い、鳥取で耳鼻咽喉科医院を開業しながら、新作民藝運動を起こした。それは鳥取にいて鳥取を深め、自らの感覚でモダンを注入する、というもので、「鳥取民藝會」を設立し、陶芸、木工、染色などの工芸品を試作した。「民藝のプロデューサーの資格は自らデザインする力」と言い、日本初の民藝専門店「たくみ工藝店」を開いたことでも知られている。
 展示を見ながらふと、安西水丸さんに『鳥取が好きだ。―水丸の鳥取民芸案内』という瀟洒な本があることを思い出し、家に帰ってから開いてみた。水丸さんは鳥取民藝品の愛好家で、木製の電気スタンドや椅子を、若いときから愛用しているという。その慧眼に驚かされた。
 鳥取県の米子市に「日々の新聞」の熱心な読者がいて「米子で待っていますよ」と言われていたのだが、忙しさにかまけて行かないでいたら、数年前にお亡くなりになった。70歳を過ぎると、こういうことが起こる。このところは、「思い立ったら吉日」を胸に刻んでいる。
 笠間を出て常磐道を柏で下り、国道6号線で市川へ向かった。途中、東山魁夷美術館に寄ったのだが、この日は日本ダービーの日で、船橋市にある中山競馬場には場外馬券を求める人たちの姿があった。 
 先輩は元気だった。つまみがおいしい居酒屋とおしゃれなワインバーをはしごし、気がついてみたら午前さま。話が弾んでしたたか酔っ払い、歩行困難状態の先輩を住まいまで送った。
話題は尽きない。古巣のこと、お互いの暮らしぶりの確認、思い出ばなし…。気分がいいので、自然にいわき弁が出る。そうしたら会計のときに若い男性スタッフから「ふくしまの方ですか?」と尋ねられた。「はい、いわきです。どちらですか?」と尋ね返すと「須賀川なんです」。とてもいい夜だった。
 市川は、永井荷風や幸田文などが住んでいた町として知られている。ゆかりの場所を巡りたかったのだが、車がネックになった。少し江戸川べりを走って帰路についた。

                                       (安竜 昌弘)

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。