ストリートオルガン

大越 章子



画・松本 令子

じゆうがつのミントグリーンの風が吹き抜ける

扉を開こうコンサート

 10月1日の朝、黒田征太郎さんの「たねまくカレンダー」をめくると「じゆうのねこ」が現れた。「そうか10(じゅう)月は自由(じゆう)なんだ」。黒田さんの絶妙なユーモアに、思わずクスッとなった。福島県内で最後まで残っていた、いわき市の蔓延防止等重点措置がその日、解除された。
 首都圏などの緊急事態宣言もすべて解除。マスクやこまめな手洗い、アルコール消毒、ソーシャルディスタンスから解放されたわけではないが、夏の感染爆発の長いトンネルから抜け出たように感じた。ステイホームを楽しもうと心がけていた昨年と違い、2年目になると暮らしがパターン化し、もやもやした閉塞感が体いっぱい充満しつつあった。

 その日の午後、いわきアリオスの大リハーサル室での「ピアノとトランペットによる新しい扉を開こうコンサート」に出かけた。ピアノは溝井麻佐美さん、トランペットが足立優司さん。ふたりはこれまでディナーコンサートのスタイルをとっていたが「演奏が聴きたい」というファンたちの声に応えて、食事のないおよそ2年ぶりのコンサートを開いた。
 足立さんが言うように、大リハーサル室は秘密基地みたいな空間。そこに1曲目のミシェル・ルグランの「キャラバンの到着」が響いた。躍動感のあるサウンドは瞬く間に漂う空気を変えた。2曲目は追悼と平和への祈りを込めて、ニニ・ロッソの「夜空のトランペット」。それからフォーレの「月の光」、ベートーヴェンの「月光」第1楽章、ホルストの「木星」と続き、秘密基地は宇宙船にもなった。
 プログラムはこれまでと同じに、印刷間際までふたりで思案して、さまざまなジャンルの気軽に楽しく聴ける曲をちりばめた。宇宙を漂ったあと、地球に戻ってモーツァルトの「トルコ行進曲」、そしてイーグルスの「ならず者」、バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻9番よりフーガ、シューベルトの「セレナーデ」を奏した。

 この日は台風16号が伊豆諸島から太平洋を北上していて、いわきも雨が降っていた。ラストから2番目はショパンの「雨だれ」。ジョルジュ・サンドとの恋の逃避行で過ごしたスペインのマヨルカ島で作られた曲で、街へ買い物に出かけたサンドの帰りを待つショパンのエピソードがある。
 ラストはフィンランドの作曲家・シベリウスの交響詩「フィンランディア」。フィンランドは600年ほどスウェーデンに支配されたあと、1809年にロシアに併合された。当初はかなりの自治権を与えられていたが、ニコライ2世による圧政が1899年に始まり、次第に独立の気運が高まっていった。その時期に「フィンランディア」は作られた。
 ロシアによる圧政への怒りや独立に向かう人々の心情が表現されている曲。溝井さんと足立さんは2年近く続いているコロナ禍での、何ともいえない世の中に生きるわたしたちと共通のものがあると感じ、明日への希望の思いもこめた。
 アンコールは「みんな、しあわせになれるように」と、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」。じゅうがつはじゆうがつ。今年初めてのコンサートを聴いているうちに、じゆうがつの扉が開き、ミントグリーンの風が体を吹き抜けた。秘密基地にいた人たちみんながそうだったろう。

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