

争いのない平和な世界をつくるためには
| やなせさんと辻さん |
アンパンマンの作者のやなせたかしさんと、奥さんの暢さんがモデルのNHKの朝ドラ「あんぱん」が最終盤にさしかかっている。ドラマの後半、存在感を醸し出しているのは、妻夫木聡さんが演じる八木信之介が独立して設立した「九州コットンセンター」。この会社は、のちにサンリオと改称した、辻信太郎さんの山梨シルクセンターがモデルと言われている。
辻さんは1927年(昭和2)、山梨県・甲府の大きな料亭の長男に生まれた。桐生工業専門学校(現在の群馬大学理工学部)に進学し、帰省した際に甲府空襲(一晩で甲府の約4分の3が焼失、1127人が死亡)に遭い、実家は全焼した。戦後、山梨県庁に10年ほど勤めたあと、県庁の外郭団体だった山梨シルクセンターを株式会社にして独立させた。
山梨シルクセンターはもともと山梨の特産物の絹製品を販売する団体だったが、辻さんはビーチサンダルや財布など、さまざまな贈りもの雑貨を作って卸した。なかでもいちご柄のハンカチやコップが人気となり、ずいぶん売れたという。そのころ、やなせさんは誘われて陶磁器を作り、作品展を開いたギャラリーに辻さんが訪れ、お菓子のパッケージデザインを依頼したのが、ふたりの出会いだった。
そうして書きためられた詩をやなせさんから見せられた辻さんは「うちで詩集を作りましょう」と、社員たちに反対されるなかで出版部門を設け、やなせさんの初めての詩集『愛する歌』が出版された。7年後、やなせさんの提案で「詩とメルヘン」が創刊され、3号からは隔月、7号からは月刊誌となって三十年続いた。
「詩とメルヘン」を創刊した1973年(昭和48)、辻さんは会社名をサンリオに改称した。山梨の音読み「サンリ」に由来するという説や、スペイン語のSan(聖なる)とRio(川)を組み合わせた造語で、河のほとりに聖らかな文化を築きたいという思いを込めてつけたという説がある。
企業理念は「みんななかよく」。空襲で焼け野原となったふるさとを目の当たりにし、戦争の無意味さを痛感した辻さんは、人と人とが争わず、仲よく生きていく社会をつくりたい、と強く思った。ハローキティはそういう思いを込めて作られ、赤いリボンは気持ちと気持ちを結ぶ「なかよしのしるし」らしい。
同じ年に、やなせさんの絵本『あんぱんまん』が出版された。1960年代から10年ほど温めていた「あんぱんまん」は、自分の顔を食べさせるというヒーローとして描かれた。これもやはり、やなせさんの戦争体験に影響されている。正義は逆転するもので、正義の戦争なんてないことを、身を持って知ったからだった。
それなら逆転しない正義は何か。「飢えている人を助けること」と、やなせさんは考え、正義の味方ならそれを一番先にやらなければならないと、あんぱんまんを創り出した。そして人をまた助けられるよう、ジャムおじさんに新しい顔を作ってもらう。あんぱんまんも助けられる存在でもある。
サンリオはその後も「みんななかよく」の精神で、時代に合わせて新しいキャラクターをつくってきた。その数は450以上あるが、シンボル的存在は誕生して50年以上が過ぎ、いまなおグッズが世界中に広がっているハローキティだ。あんぱんまんは1988年(昭和63)にテレビアニメとして放送が始まり、2300を超えるキャラクターがつくられ、「サザエさん」、「ドラえもん」に続く長寿アニメ番組になっている。
そのどちらも、辻さんとやなせさんの思いがこめられた平和の使者で、未来に向けても「争いのない平和な世界をつくるにはどうしたらいい」と、問いかけている。
そのほかの過去の記事はこちらで見られます。
