

だけどボクらはくじけない
泣くのはいやだ笑っちゃおう
| ひょっこりひょうたん島のまち |
一昨年のゴールデンウィークに大槌町を訪ねた。その前年、震災後初めて奥松島から海岸線を北上して石巻、南三陸、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石まで行った。大槌には前年に立ち寄れなかった女川、牡鹿半島の萩浜にある彫刻家・名和晃平さんの作品「White Deer」(高さ6m)、気仙沼では鶴亀大橋を渡って大島を経由して向かい、さらに山田、宮古、田老まで足を伸ばした。
震災前、大槌町の大半の人々は大槌湾に面した海沿いで暮らしていて、津波で町の人口の1割にあたる1200人以上が犠牲になった。町役場周辺も10mを超える津波に襲われ、町長と多くの職員が行方不明になって行政機能は麻痺し、その後の火災で被害は広がり、町は数日、孤立状態になったという。列車が通るようになったのは、震災から八年も経ってからだった。
三陸鉄道リアス線(震災前はJR山田線)の大槌駅の駅舎は、大槌湾に浮かぶ蓬莱島をモチーフに再建された。かつてNHKで放送された人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルといわれる島の1つで、ひょうたんの形をしている。駅舎の西側にはドン・ガバチョ、待合室にサンデー先生、天井からつり下げられたマシンガン・ダンディ、観光案内にトラヒゲ、2階の展望テラスにハカセと、あちこちで登場人物に会える。
テラスから眺めると、駅舎の海側と山側では風景がまったく違う。海側は広がる空地に流れる小鎚川と大槌川に、高さ14・5mの水門と防潮堤が立ちはだかる。正面に城山がある山側は町役場や文化施設などの中心市街地で、住宅も多く建っている。町には毎日、正午にジャズピアニストの小曽根真さんが弾く「ひょっこりひょうたん島」のテーマ曲が、曜日ごとにアレンジを変えて流れている。
蓬莱島は周囲200mほどの小さな島。赤浜の「おおつち海の勉強室」を目印に向かうと、目の前に現れる。シンボルの赤い灯台、弁天神社の鳥居と黄緑色のお堂が見える。灯台は震災で根元から倒壊し、再建された。真ん中がくびれた砂時計の形をしていて「時を経て必ず復興する」という町民の願いが込められている。
埠頭から防波堤を歩いて蓬莱島に行ける。防波堤は幅3~4m、長さ340mほどで、風がなければそれほど怖くない。その日はまったく風がなく、島まで行って探険した。埠頭に戻ってきた時には、「ひょっこりひょうたん島」のテーマ曲が頭のなかを巡っていた。放送開始時はまだ生まれていなかったので、ストーリーは詳しくわからないが、テーマ曲は歌える。
丸い地球の水平線に
何かがきっと待っている
苦しいこともあるだろさ
悲しいこともあるだろさ
だけどボクらはくじけない
泣くのはいやだ笑っちゃおう 進め!
そのあと吉里吉里海岸の砂浜を歩いた。「ひょっこりひょうたん島」の脚本を放送作家の山元護久と共同で執筆した、井上ひさしの小説『吉里吉里人』に出てくる架空の吉里吉里国のモデルは大槌の吉里吉里地区。砂浜を歩くと「キリキリ」と鳴ると言われている。
吉里吉里地区と山間部の小槌地区で四月下旬、山火事が起き、一時は市街地の住宅や学校のすぐ裏まで火が迫り、11日目でようやく鎮圧宣言がされた。いま、森林の再生に向けて現地調査が行われているが、時間がかかりそうだ。
推定で町の面積の8%、1633haが焼失した。亡くなった人に思いを伝える「風の電話」の近くまで火の手が迫ったが、無事だった。震災後、吉里吉里地区では森を育てることに力を入れていた。森はやがて海への再生につながるから。それが森まで被害に遭ってしまい、落胆は大きいだろう。
それでも「だけどボクらはくじけない泣くのはいやだ笑っちゃおう 進め!」の、ひょっこりひょうたん島の精神で頑張ってほしい。
そのほかの過去の記事はこちらで見られます。
