561号 鎌倉にて(2026.7.15)

画 黒田征太郎

 

  歴史を紐解く面白さを知り取材を深める      

鎌倉にて

 

 いわき市にある古刹、長福寺(小川)と薬王寺(四倉)関連の仏像などが、横浜市金沢区の金沢文庫で展示されていることを知り、取材した。展示のキーワードは「真言律宗」。これは金沢文庫に隣接している称名寺が律宗の寺であることが大きく、時代が三谷幸喜脚本の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と重なっている。いわゆる、鎌倉、南北朝、室町、戦国時代と続く中世の話なので、興味深かった。

 裁判官を務めた樋口英明さん曰く、「裁判官は法律の専門家ではあるけれども、訴えられた裁判の中身については素人なので、勉強してきちんとした判決文を書かなければならない」。
 それが原発関係の裁判になると、苦手なのか国の方針に逆らえないのか、原子力規制庁の指針などを拠り所にすることが多い。新聞記者もそうで、日々締め切りに追われているためか、発表の範囲でお茶を濁してしまう。確かに限界はあるのだが記事を書くためにぎりぎりまで粘って勉強する必要がある。
 長福寺と薬王寺の取材は中央からの視点ではなく、地方、つまりいわきからの視点が不可欠だと思う。そういう意味で地元の古文書を数多く読み解き、そのころ、いわきで何が起こったのかを積み上げている研究者の存在は欠かせない。1つの事柄、出来事を多重露出であぶり出すと、見えなかったものも見えてくる。その地道な作業が真実に近づく道なのだと思う。
 例えば「鎌倉殿の13人」に登場した伊賀氏は、好嶋庄の代官として鎌倉から派遣されていたがいわきに住み着き、岩城氏と権力争いをして敗れた。そして名前を飯野に変え、飯野八幡宮の神職になった。そこで現存する「飯野さん」の歴史がわかる。中世のころ、鎌倉といわきは深くつながっていた。
 朝六時に車でいわきを出て常磐道―首都高―湾岸道と走り、金沢文庫に着いたのは午前10時ごろだった。取材を終えたあとに逗子を通って鎌倉に入り、真言律宗の寺、極楽寺に寄った。平日だというのに、長谷寺周辺などは人の波だったが、極楽寺はひっそりとしていて紫陽花が咲いていた。
 ふと、いしだあゆみがかつて鎌倉に住んでいたこと、「男はつらいよ」の出演作が「あじさいの恋」で、鎌倉も舞台になったことを思い出し、映画のシーンがよみがえってきた。次は、ゆっくりと徒歩中心で鎌倉を巡ろうと思う。 

                                       (安竜 昌弘)

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