566号 揺らぐ人間らしさ(2026.9.30)

画 黒田征太郎

 

   肉体と精神を使い
   人間としての感覚をピアノで表現した
   その時だけの演奏     

揺らぐ人間らしさ

 

 9月13日の日曜日、前日に緑画した「リラの花咲くけものみち2」(NHK)の第4話を見た。手塩にかけた牛の一頭が口蹄疫ウイルスに感染していることがわかり、全頭が殺処分になってしまう。その世話をしてきた孫娘の七海が、牛を注射で安楽死させた獣医師・聡里に「どんな死に方だったのか教えて」と涙ながらに訴える。牛たちのことが頭から離れず眠れなくなった七海の心は、友だちやAIの慰めではどうにもならず、実際に死と向き合った聡里と悲しみを共有するしかなかった。そして言う。「AIは一緒に泣いてはくれませんから」。
 続いて見たサンデーモーニング(TBS)では、落合博満、中畑清さんなどが、9日に亡くなった張本勲さんの打撃理論や生きざまを語った。在日2世で被爆者だった「ハリさん」は幼いころに父を亡くし、手がつけられない暴れん坊になった。でも、野球と出合ったことで人生が変わって行く。そして、目の前で原爆の犠牲になった姉、それを救ってやれなかった母の無念さを思いながら、「2度とこんなことを起こしちゃだめなんだ」と、原爆の悲惨さを伝え続けた。落合さんは「これは体験した人じゃないと語れない。張本さんの話は、だから説得力があるんです」とコメントした。
 そのあと、小山実稚恵さんのピアノを聴くために三春町へ車で向かった。演目はベートーヴェンの後期三大ソナタと呼ばれる第30番、31番、32番。パンフレットには、ベートーヴェンはこの時期、甥の後見権を勝ち取り、交響曲第9番を構想していた。しかし耳は聞こえず、肝臓病も悪化して黄疸が出ていた。そうしたなかで、「孤高の境地」とも言えるラスト3曲を作った、とある。とても楽しみにしていたので、前から5列目の左から2番の席を予約した。
 小山さんのピアノは、しなやかでありながらリズムにあふれ、鋭くて激しかった。鍵盤を強く叩くたびに腕の筋肉が躍動した。このコンサートは、音楽と真摯に、しかも誠実に向き合ってきた小山さんからのプレゼントのような時間で、まさに肉体と精神を使った人間の演奏といえた。会場からの拍手が鳴り止まず、アンコールとしてバッハの「平均律クラヴィーア第1巻 第1番 プレリュード」とショパンの「ノクターン第2番 変ホ長調」を演奏した。とても豊かな時間だった。
 実体がないAIのことを思う。このまま便利に使い続けたら、人間の感覚が平均的になって無個性化が進み、退化していくのではないか。人間らしさとは個性。それだけは失いたくない。

                                       (安竜 昌弘)

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