第544号

544号
2025年10月31日

   ある晩、一匹の大きな狼が現れた  

 大きな、大きな絵。縦が133㎝、横は239㎝ある。タイトルは「戦争童話『年老いた雌狼と女の子の話』」。描かれたのは1995年。その前年、黒田さんはニューヨークの紀伊國屋書店で野坂昭如さんの本を探していて『戦争童話集』(中央公論社)に出合った。
 1971年に雑誌「婦人公論」に連載された12篇の短編童話をまとめた童話集で、75年に刊行された。どの短編童話も「昭和20年、8月15日」の書き出しで始まり、戦争によって飢えたり、傷ついたり、また大切な人を失ったり、死んでいく人々の姿が描かれている。
 その1篇が「年老いた雌狼と女の子の話」。
 満州から引き上げる途中で麻疹にかかり、ほかの子どもたちのことを考えて泣く泣く母に置き去りにされた4歳の女の子と、老いを感じて自ら産み育てた52匹もの子どもたちの群れから離れ、死に場所をもとめて旅に出た雌おおかみが草むらで出会い、あまりに女の子が頼りにするので放っておけなくなったおおかみは、女の子のいのちを助けてあげたいと考えるが――という物語。

 『戦争童話集』を読みながら、黒田さんは「これをいまの日本に伝えることが大事」と思い、子どもたちに読んでもらうために絵本を作りたいと考え、出版社に連絡した。そうして95年に新潮社から『野坂昭如 戦争童話集』ⅠとⅡの二冊(1冊に3篇ずつ入っている)が出版された。
 童話集を読み返しているうちに黒田さんは描かずにはいられない衝動にかられ、次から次へと描いた絵を使ってアニメーションを作る「戦争童話集 忘れてはイケナイ物語り」映像化プロジェクトを始めた。お金をかけないために、上から撮影しながら描いた絵を破いたり、水溶性の絵具で描いた絵に水を差したりする方法をとった。
 映像作りをしていたある晩、黒田さんだけが作業場に残った。鍵をかけて横になったが眠れず、丸めてあった紙を広げて眺めていたら、1匹の大きなおおかみが現れ、パステルと水彩絵の具で一気に描いた。
 それが「戦争童話集『年老いた雌狼と女の子の話』」。たしかに、童話に書いてある通り、体格はがっしりしているけれど、おばあさんのおおかみで、プライドが高そう。哀愁を漂わせていても、凜とした潔さと理性、覚悟を感じさせ、周りをやさしさで包む。

 絶版寸前だった『戦争童話集』はその後、ほかの出版社からも絵本が出され、2003年には中央公論社が黒田さんの絵をカバーに使った文庫本を出版した。また黒田さんの切なる思いが野坂さんのこころを動かし、それまでふれられなかった沖縄戦を題材にした「ウミガメと少年」と「石のラジオ」の2篇が加えられ『戦争童話集』は14篇になっている。

 


 特集 黒田征太郎 描くことが生きること

水平線も地平線も僕の中にある
 「黒田征太郎展―えでできること」(11月9日まで、北九州市立美術館)をルために北九州を訪ねた。70,80年代のグラフィックデザイン会を席巻した黒田さんはいま、海峡のまち、北九州市の門司港に住んでいる。その劇的な人生を振り返りながら、いま思うこと、門司港のことなどを紹介する。

廃船きっかけにどん底
若き日々
ピカソに魅せられて絵を描き始める
K2のことなど
ワタリガラスを教えられた
中上健次のこと
オレはオレの絵を描き続けたい
自由に面白がって生きる
いま門司港で
黒田さんに会いに行く
気どりのない門司のまち

門司にあるアトリエでの黒田征太郎さん

 連載

阿武隈山地の絶滅危惧種 ⑳ 湯澤陽一
サンショウモ シダ類 絶滅危惧1A類

木漏れ日随想(52)佐藤 晟雄
昔を今に伝えるヒカリゴケ