| 553号 2026年 3月 15日 |

朝になったら窓をあけて
見える景色をいつくしむ
あさになったので まどをあけますよ
やまは やっぱり そこにいて
きは やっぱり ここにいる
だから ぼくは ここがすき
荒井良二さんの絵本『あさになったので まどをあけますよ』(偕成社)は「あさになったので まどをあけますよ」で始まり、ページをめくると窓から見える風景が現れて「だから ぼくはここがすき」と締めくくる。それが繰り返され、さまざまな場所の朝が連なっている。
2011年、制作の途中で震災が起き、12月に出版された。まったく震災にはふれられていないが、意識しているのがわかる。なにげない日常や見なれた風景がいかにいとおしく、大切なのかを、鮮やかな色で自由に思うまま描いた絵に、シンプルな言葉を添えて伝えている。
あれから15年が過ぎた。地震と津波だけでなく同時に原発事故も起き、壊滅的な状況を目の前に、あの時、現実逃避するかのように3年後、5年後、10年後、15年後…を想像した。15年後のいま、言えるのは、震災はまちを団地に変え、人口減少を加速させたということ。小さな路地が縦横無尽に張り巡らされ、家々がひしめき合っていた海辺の暮らしのなかで、培われた住民同士のつながりは薄れ、あきらめに近い味気ない空気が漂っている。
原発事故の直後に出された緊急事態宣言は継続していて、事故を起こした原発の廃炉作業で最大難関の約880tあるデブリ(溶けた核燃料が周辺の構造物と再固化したもの)はまだ0・9gしか取り出せていず、いつ廃炉が終えられるのか見通しは立っていない。原発敷地内のタンクに溜められたトリチウムを含む汚染水の海洋放出は、廃炉作業が終わるまで続く。
それに一号機の原子炉圧力容器を支える鉄筋コンクリートの土台(ペデスタル)が激しく損傷していて、大きな地震が起きればさらに壊れることが危惧されている。なにより、事故で放出された放射性物質が無害化(自然減衰によって放射能レベルが十分に下がる)するまでには数十年から、核種によってはかなり長い年月がかかる。
15年という歳月はまだまだという感じ。それでも、朝になったら窓をあけて、そこから見える景色をいつくしむ。
『あさになったので まどをあけますよ』の終わりには次のように書かれている。
うみは やっぱり そこにいて
そらは やっぱり そこにある
だから ぼくは ここがすき
3月15日の朝は海へ出かけた。震災後に造られたさくら公園に、早咲きのさくらが何輪も咲いていた。そのさくらは、希望に見えた。
| 特集 震災・原発事故15年目に思うこと |
小野浩さんのはなし
戦争をしないために一日一日がある
先人の思いを背負って
3月11日、震災・原発事故から15年目を迎えた。廃炉は遅々として進まず、タンクに貯まったトリチウムなどを含む汚染水は流され続けている。元いわき市立草野心平文学館学芸員で語り部を務めた小野浩さん(71)にいま思うことを話してもらった。
「楽しい時刻表」
3・11のこと
語り部をして
いま思うこと

いま思うことを話す小野浩さん
| 記事 |
スパイ防止法ってなあに?
海渡雄一弁護士のはなし
超弩級の本物の戦争準備法が現れる
この夏にも議論を本格化される「スパイ防止法」。1985年(昭和60)に自民党から提案された際には廃案になった。2月28日、弁護士の海渡雄一さんが郡山市で「スパイ防止法ってなあに」と題して講演した。その内容を紹介する。
憲法のおかげで80年、戦争をしていない
戦争を始める時、政府は嘘をつく
スパイ防止法とは
安保三文書のこと
現代の治安維持法なのか
書かない新聞
社会がどんどん窮屈になる
不当逮捕の上に監禁、拷問
「反対」と言えるのは今のうち
弾圧の歴史を知る
狭まる友好
高市内閣の目論見
水俣を訪れて 島貫 真
燃え尽きることのない塊について
ギャラリー見てある記
吹き抜けの御殿飾り
「勢津子さまのお雛さま」展
福島県立博物館 3月29日まで

| 連載 |
いわきに伝わる天気ことわざ① 島田栄二郎
はじめに
阿武隈山地の絶滅危惧種 ㉘ 湯澤陽一
シシラン シダ類 絶滅危惧Ⅱ類
木漏れ日随想(60)佐藤 晟雄
知りたい数正の本心
DAY AFTER TOMORROW(277) 日比野 克彦
30つながり
昭和33年生まれ 令和30年にはトリプル30で90歳!
| コラム |
ストリートオルガン(209) 大越 章子
雛人形のはなし
「やっぱり、お雛さまはいいわね」
