| 563号 2026年 8月 15日 |

宝ものであることを知って
夏の夕方、大久川沿いの県道246号線(折木筒木原久之浜線)を海竜の里センターに向かって車を走らせた。海竜の里センターは2年前に閉鎖され、駐車場にも入れないため、邪魔にならない場所に止めて海竜橋を渡ってみた。そこにはひっそり、ブラキオサウルスがほかの恐竜たちと立っている。
さらに500mほど行った大久川の河岸で、1968年、当時、高校生だった鈴木直さんがフタバスズキリュウの化石を発見した。県道沿いに「フタバスズキリュウ産出地」という赤い矢印のついた看板はあるが、草木が生い茂っていて何も見えない。
そこからまた約3㎞、車で五分ぐらい走ると、大きなアンモナイトなどの化石が多く発見された地層を剥き出しにしたまま建物で覆っているアンモナイトセンターがあって、隣の屋外発掘場では体験発掘ができる。
漂う空気感がそうさせるのか、大久に来るといつも悠久の時を意識する。
フタバスズキリュウが生きていたころ、この地は浅い海で、一部、陸だったような場所もあった。海になったり陸になったり、そこに堆積した地層が双葉層群(中生代の白亜紀後期)で、フタバスズキリュウも果てしない長い時間、眠っていた。海の化石も陸の化石も見つかる双葉層群は、当時の生態系全体を復元するのに適した、学術的にとてもいい地層という。
その時代、地球は現在よりもはるかに温暖で、大気中の二酸化炭素濃度は高く、海面は上昇し、北極にも南極に氷がない状態だった。陸上からは有機物が流れ、石油の原料ともいえる物質がつくられた。いま、地球温暖化の真っただ中にいるわたしたちは、その時代に繁栄し、全盛を迎えた恐竜や海竜たちに自らを重ね、タイムカプセルである地層から教えられることは大きいように思う。
中生代の双葉層群だけでなく、いわきは四倉町の高倉山層群の古生代二畳紀の地層から、絶滅寸前の三葉虫が見つかっている。新生代では広がっていた森林が常磐炭田で採掘された石炭の元になり、イワキゾウやイワキクジラなども発掘されている。1つの市で古生代、中生代、新生代の化石がみられるのは、全国でも恵まれた地域という。
しかし、いわきの場合、発掘してもそのまま収蔵庫などに置いたままで、なかなか地元で研究を進めることができない。そろそろアカデミックな視点を持つことが大事だろう。「宝ものでありながら、宝ものであることを知らない」。ブラキオサウルスのため息が聞こえる。
| 特集 地層は語る |
恐竜と海竜をテーマにした展覧会が県内にある2つの博物館で開かれている。「恐竜時代の海の支配者 首長竜」(8月31日まで、いわき市石炭化石館)と「大恐竜展」(9月23日まで、福島県立博物館)。展覧会を紹介するとともに企画した学芸員などの話を紹介する。
いわき市石炭化石館企画展「恐竜時代の海の支配者 首長竜」
いわき北部から楢葉にかけては化石の宝庫
1968年に当時高校2年生だった鈴木直さんが発見したフタバスズキリュウ、それに学名をつけた佐藤たまきさん。発見されて58年、学名がついて20年。発掘の経緯や佐藤さんの講演、化石の宝庫である双葉層群のことなどを紹介している。
吽野翔太さんのはなし
首長竜は首を上げられなかった
海陸両方の化石が出る双葉層群
佐藤たまきさんのはなし
フタバスズキリュウは大きな海生爬虫類
発掘と学名
生きていた時代
学名のこと
古生物の道に進むには
不思議に思う気持ちを大事にして
福島県立博物館 特別展「大恐竜展」
昨年9月、モンゴルのゴビ砂漠で発見された頭突き恐竜の祖先といえる新種「ザヴァケファレ・リンポチェ」。そのチームの一員である福島県立博物がん学芸員の吉田純輝さんのはなしを中心に、ピナコサウルスの喉の骨や双葉層群のことなどを取材した。
吉田純輝さんのはなし
双葉層群はタイムカプセルのような地層
考え方や視野、研究姿勢が大事
新種 ザヴァケファレ・リンポチェのこと
ピナコサウルスの喉の骨のこと
双葉層群のこと

| 記事 |
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