第541号

541号
2025年9月15日

   無垢材に囲まれたていねいな生活

 

  コーヒーを出してもらったら木製のカップだった。家の隅々に木へのこだわりを感じる。テーブルや椅子、家具の好みは北欧の製品。デザインが、しなやかで美しい。その、モダンでシンプルな家具に惹かれ、自らの手で家具を作るようになった。

 いわき市勿来町関田西に住む中田和夫さん(78)。錦中から勿来工業の工業化学科に進み、父の勧めで呉羽化学に就職した。父母は岐阜県飛騨高山の出身。父はひょんなことから呉羽で働くようになり、いわきに定住した。中田さんは、中学生のころから山歩きが好きで、高校では山岳愛好会に入った。飯豊山、吾妻山、安達太良山、朝日連峰…。就職してからも有給を使って、チリとアルゼンチンにまたがるパタゴニアなどへも行った。
 山歩きは木へのこだわりにつながり、家づくり、家具づくりへと発展していった。デンマークやスウェーデンも訪ね、ハンス・ウェグナーやフィン・ユールがデザインした椅子などに興味を持った。「暮らしの手帖」を愛読し、記事を参考にしながら椅子を作ってみたりもした。
 ある日、燧岳や会津駒ヶ岳などに登った帰りに檜枝岐村を通った。そこで無垢材を使って家具や家をつくっている「きこりの店」を知った。木の販売もしていた。1泊2日の木工教室を開いていることを知り、申し込んだ。それをきっかけにどんどん、木が持っている魅力に惹かれていった。
 土地を借りて家を建てたのが40年以上前。そのうちに大家さんから「土地を買ってもらえないか」と頼まれ、建物だけでなく土地も自分のものになった。それもあって、中田さんのリフォームが始まった。クリとナラを立木で買い、材料として使えるようになるまで6年ぐらい預けた。伐倒から立ち会うほどで、それをフローリング材にした。
 天井を外して梁を出し、壁に大谷石を貼って音響にもこだわった。リフォーム熱は留まることを知らず、部屋を2つ建て増しして薪ストーブを2台にした。気の合う大工さん、石屋さん、建具屋さんと相談しながら進めた家づくりは、何回かの試行錯誤を繰り返し、ほぼ満足がいくものになった。

 中田さんは呉羽化学に42年勤め、定年を1年半残して退職した。理由は「木工に専念したいから」。ブランド品の椅子を中古で手に入れては、布や籐の部分を剥がして自分好みに改良し、桜材の炉縁(囲炉裏の縁)をもらってきては家具に作り替えた。そんな山歩きと家具づくりの日々が約20年続いていて、家のなかにはその成果品がさりげなく置かれている。
 「いまはどんな日々ですか?」と尋ねると、「さすがにもう80歳が近づいているから、山歩きも家具づくりも前ほどではなくなったね。少し離れたところにある作業場の草刈りもサボっている」と苦笑いした。
 冬になるとストーブ用の丸太を買い、チェーンソーと薪割り機で薪にする。椅子もテーブルも無垢材でつくられているから、年を重ねるごとに木肌が美しくなってくる。そこには中田さんの木に寄せる思いがある。
 ふと重厚なオーディオ機器に目をやったら、グレン・グールドとちあきなおみのCDが置かれていた。

 


 特集 地域発 中之作と折戸

古くから天然の港として栄え、和歌山と交流
江戸時代は中之作が磐城平藩で、折戸は湯長谷藩。隣町でありながら小学校の学区も永崎小と江名小に分かれる。その両地区が新しい住民の河立移入で少しずつ変わりつつある。江戸時代の古民家を再生した豊田さんに話を聞いた。

豊田善幸さんのはなし
空き家を活用してまちの魅力を知ってもらいたい

江戸時代の古民家を再生して清航館にし、空き家対策にも取り組む豊田さん

 記事

谷口桂子さんのはなし 
時間のすべてを小説に費やそうとした
いわき市立草野心平記念館の企画展「吉村昭と磐城平城」の関連企画として、作家で俳人の谷口桂子さんが「吉村昭 奇跡の生涯」と題して話した。上下2回に分けて紹介、上は「小説家としての生涯」について。

あの日あの時 福島第一原発事故
吉田千亜さんのはなし

安定ヨウ素剤投与指示と公表されなかった放射能測定値
原発事故以来取材を続けているライターの吉田千亜さんの講演「福島に寄り添い 声を届けて 見えてきたものは…」を紹介する。
事故後一番必要なのは情報
いわき合同庁舎の雑草にヨウ素131が131万Bq/kg
知らされなかったという事実さえ残らない

いわき市長選
いわき市長選は9月7日に投開票が行われ、現職の内田広之さんが65407票を集めて再選した。
次の4年が試金石 市政に目を凝らす

PERSONA
線幸子さん 現代美術作家
触覚に訴える作品を綿で表現し続ける

「むのたけじ」の読み方 先﨑千尋
客観的に突き放して読む

 連載

阿武隈山地の絶滅危惧種 ⑱ 湯澤陽一
マツバラン 蘚ダ類 絶滅危惧1A類

木漏れ日随想(50)佐藤 晟雄
忘れ得ぬマニラ湾の夕日



DAY AFTER TOMORROW(271) 日比野 克彦
楽日初日
六六年間の楽日と六十七歳以降の日々の初日

 コラム

ストリートオルガン(204) 大越 章子

やなせさんと辻さん
争いのない平和な世界をつくるためには