第566号

566号
2026年 9月 30日
           《夜》1991年 アクリル・カンヴァス 東京都現代美術館蔵

     透明な色彩で
     見たこともないような
     自分の空間を描きたい

 画家の松本陽子さんの作品「夜」。いま、いわき市立美術館で開かれている松本さんの展覧会「宵の明星を見た日」(11月1日まで)の一つ目の展示室の一番奥に展示されている。1960年代から約30年、アクリル絵具で描き続けたピンクの絵画の一つで、一連の大きな作品が並ぶなかで、ひときわ印象に残る。
 透明な色彩で広がりのある空間を描きたいと思いながら、油絵具の扱いに行き詰まっていた時に、松本さんはアクリル絵具に出合った。綿のロウキャンバス(下地が施されていないキャンバス)に幾層もの薄塗りのピンクを重ね、奥行きのある美しい空間をつくっていった。重厚な絵に合わない軽薄な色だからこそ、自身の色としてピンクを選び、探究を続けたという。
 あいにくモノクロの写真なので、イメージがつかみにくいだろう。普通、夜というと黒や青を想像するけれど、華やかなピンクに重ねて紫や白などがうごめき、生命感にあふれている。見つめていると、やさしい光とマイナスイオンいっぱいの大気に包み込まれていく感じがする。

 展示室に並んでいる松本さんの作品には番号がついているだけで、タイトルは表示されていない。「夜」も14とあるだけで、展覧会会場の入口に置いてある作品リストを見て初めて「夜」と知り、戸惑う。そして「わたしなら…」とタイトルを考えてみたりする。それもまた抽象画の楽しいところで、自由にこころのまま感じ、想像して向き合えばいい。
 松本さんは5月の誕生日で90歳になった。画家として絵を描き続けて65年ぐらい、透明な色彩で見たこともないような自分の空間を描くことをずっと目指してきた。ピンクの絵画から、黒やグレー、緑、白、そして青の絵画と色彩や技法が変化しても、それは変わらず、いまも描き続けている。
 「夜」に代わるタイトルはまだ浮かんでこない。そのうち、ふとした時に現れるかもしれない。

 


 特集 透明な色彩で広がりのある空間 松本陽子の世界

画家の松本陽子さんの展覧会「宵の明星を見た日」が11月1日まで、いわき市立美術館で開かれている。松本さんは現在90歳。自らの表現を求めて画材や色彩を変えながら描き続けている。松本さんのこれまでの歩みや美術評論家、南雄介さんの講演会などを通して、その世界を伝える。

90年の歩み
アメリカで訪れた転機
展覧会「宵の明星を見た日」

絵のはなし
美術評論家 南雄介さん

美術史を見ても異端なピンクの色彩
絵を実現させるために描く

《宵の明星を見た日》2023年 油彩、木炭、パステル・カンヴァス
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