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センセイの名前は米倉明さん(80)。民法学者で、東大名誉教授。小学5年生から高校1年生まで過ごしたいわきを「非常に思い出のある所」と言い、いま、その懐かしいまちで暮らしている。
民法は憲法を具体化したもの。憲法改正が現実味を帯びつつあるなか、センセイの話が聞きたかった。2014年の夏に人を介して会い、その旨を伝え、機会をうかがっていた。
年も押し迫まったころ開かれた、いわきフォーラム90主催のセンセイの講演を聞き、後日、さらに詳しく尋ねた。
歯切れよく、自らの思い考えを熱く述べる語りは、印刷された日本国憲法の条文を立ちあがらせ、細部を読み解いていくと、いかに国民ひとりひとりが大切に考えられているかがわかる。
例えば、第13条の、すべての国民は、個人として尊重される。
センセイは「個性を持ち、多種多様な人々を尊重するために個人という言葉を使っている。個人主義と言うと誤解されがちだけれど、自分さえよければ人はどうでもいい、というのは利己主義であって、個人主義は自分も相手も個人で、個人を尊重する」と説明する。
ともすると難しく感じる憲法を、幅広い知識を駆使してわかりやすく、聞き手と同じ目線で話す。そして民主的なものを妨げるものに怒り、常に民衆の側に立つセンセイの反骨精神も見え隠れする。だからぶれずにまっすぐ、伝えなければならないことを伝える。
すると、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義と丸暗記していただけの憲法に、人間的な温かみを感じ、興味が出てきてもっと知りたくなる。疑問点をぶつけ、センセイと議論できるようになったら、さらに面
白くなるに違いない。
センセイは草の根の学習が大事だという。公民館で講座を持って民法のはなしをしたり、市民団体の主催で憲法のはなしをするのも、その思いからだ。ちょうど終戦後、これからの日本を考えていく普通
の人々の学びの場が地域でつくられたように、自主的に学び、考え、深め合う。
戦後70年になる今年、時々、センセイと会って憲法や民法のはなしを聞き、紙面
のなかで草の根講座が開けたら、と考えている。
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