次の子年を迎える頃、いわき市をつくっていくのは今の子どもたち。彼ら、彼女らがしっかり育っていれば12年後のいわきはそんなに悪くないのではないかと思う。むしろ今より潤っているかも知れない。最近学校が荒んでいるという話も実際耳にしたりするが、私は未来の子どもたちを信じたい。親も信じたい。
12年前の私は神経がズ細く、社会を生きながらえていく未来の自分の姿をイメージすることができなかった。当時の私の眼には、いわきが、日本が、殺伐とした色味を帯びて映っていた。干支がひとまわりして、自分が今地球上に生存していることが奇跡にさえ思える。周囲に感謝しなければならない。といっても鬱的な症状は徐々に進行し、いちばん避けていた薬の類がとても近い存在になってしまった。こうなってしまった原因を紐解いていくと、個人で抱える問題に留まらず、どこまでも残酷に世界と繋がっていく。片田舎でひっそり生きていようとも、世界と自分はちゃんと運命共同体なのだと思い知らされる。それは私だけに限らない。市内の心療内科の待合室は一見正常そうな多くの患者で溢れている。
薬によって私は「鈍感」になる。鈍感になると、私に容赦なく揺さぶりをかけてくる世界と自分が切り離され、しばし休息をとることができる。鈍感になればまっとうな社会人になりすまして退屈な仕事をやり過ごすこともできる。しかしこんなことを私はいつまで続ける気なのだろう、馬鹿馬鹿しく生きている。
なるべく依存せずに生きる術を今の子どもたちは身につけているだろうか。誰か、または何かのために、何かだけを支えに生きるということは一見強そうでいて実は脆い。書店に山積みされたベストセラーの携帯小説やヒット曲の歌詞の多くは依存的な言葉で描かれている。心の底から生きる勇気が湧いたり共感できるものが、それを早急に必要としている子どもたちの手に届いていないような気がする。子どもの自殺をこれ以上増やしては絶対いけない。
と、子どももいないのにどうしても子どもの目線が気になる。繰り返すが、12年後のいわきのために、子どもは未来のキーパーソン。私もまだまだ生き延びたい。
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