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コンサートマスター 常光 まり江さん
 ずっと東京にいて、いわき交響楽団ができて3年目ぐらいの時にいわきに戻ってきて、急きょ、コンサートマスターをお願いされました。たぶん、夏が終わったころだったと思います。
 合唱もそうでしたが、オーケストラも初めての人が多く、態勢が整っていませんでした。第1、第2バイオリンの高校生など若い人を2、3人ずつ自宅に招いて、楽譜の読み方、リズムの取り方などをレッスンしました。

 ボイコ・ストヤーノフさんも急きょ、小林研一郎さんに代わって指揮をすることになったようです。わたしは新日本フィルで小澤征爾さん指揮の第九を演奏した回数が多かったので、小澤さんの第九が体にしみついていました。
 第九は歓喜の歌なので、それに向かって第1楽章の祈りから始まり、人間の喜怒哀楽など人生のいろいろなもの、そしてラストは神に向かっての感謝が表現されています。その内容は同じなのですが、ボイコさんの指揮は演奏上のテンポなど、だいぶ違うと感じました。交響楽団の団員の方たちも、よく聞いている第九と違うと思ったようです。
 日本のプロの指揮者は、小澤征爾さんも小林研一郎さんも、オーケストラを引っぱるとともに、トレーナー的な役割もします。アマチュアオーケストラの指揮をする時も、一生懸命に演奏しないと怖いけれど、わかりやすい指揮を心がけます。ボイコさんはヨーロッパの指揮者でした。
 ボイコさんも悩んでいたようです。合唱団の人数は多いし、アマチュアオーケストラは音が出ないし。新日本フィルの先輩にも何人かお手伝いをしてもらったと思います。

 わたしも胃が痛くなる思いでした。新日本フィルのように新人だからと先輩の陰に隠れることはできず、1人だけれど、5人、10人分の音を出してオーケストラを引っぱっていかなければならないのですから。
 ある日、第九の練習から帰ると、心臓の後ろがぎゅっと痛くなって、近くの病院に行きました。すると、医者は「背中からくる筋肉痛の痛みですね」とおっしゃいました。全身で必死にバイオリンを弾いていましたから。アクションを大きくしないと何人分もの音は出ないし、後ろにいる人たちの合図にもなります。
 本番のことはあまり覚えていません。それだけ無我夢中でした。第1楽章の出だしが難しい。第2バイオリンの細かな難しい動きは、みんなの呼吸が合わないとできない。自分の演奏を始めるまでが緊張です。
 みなさん一生懸命でした。音の出し方、リズムの取り方、パートの聞き方…。最後はちゃんとみんなでやったという充実感がありました。終わったら虚脱状態だったので、すべてやり尽くしたという感じです。
 いわき交響楽団の創設にかかわったわたしの父(黒澤才二さん)は「いわきで経験もないひよこのオーケストラが、あそこまで第九ができるとは思わなかった」と、話していました。



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