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鋭く激しいギター、魂を揺さぶる歌声…。30年の時を隔てて聴いた、生の「別
れのサンバ」だった。長谷川きよしそのものが全身全霊を込めて、こちらのハートに迫って来る。それは、まるでジャックナイフを突きつけられたような、そんな感覚だった。
学生時代、きよしさんのコンサートに行った。大きなホールがいっぱいだった。盲目の実力派歌手。みんながきよしさんを温かく包んでいた。そして、手が痛くなるくらい拍手をした。それから、ふと気がついてみたら、「長谷川きよし」の名前は、メディアに登場しなくなっていた。
そして、あまりにも唐突に「長谷川きよし」という活字が飛び込んで来た。いわきでコンサートを開くのだという。きよしさんは、この30年間、どんな日々を過ごし、どんなことを思って過ごしてきたんだろう―。どうしても会って、それを聞きたいと思った。
音楽の世界は、はやりすたりがある。だから、時代時代に合っているものが脚光を浴びる。それは仕方ないが、どうもシステムがおかしい。売ることを優先し、売れるものを生み出すことしか考えていない。信じるものを大切にやっている人たちが表舞台に出にくい。業界がいいものを生み出す、育てる、という意識がない―。
そう思ったきよしさんは、地方へ飛び出した。自分の歌を聴いてくれる人たちを大事にし、「長谷川きよしの歌が聴きたい」という人がいれば、どこへでも出かけた。ライブハウスを中心に、それこそ体を張って歌い続けた。そして、「地方の方が元気だ。みんな生き生きしている。コンサートは、一つの目的に向かって一緒に時間を過ごすので、それがエネルギーになる」と、充実感を味わうようになった。
1949年生まれ。団塊の世代の人。今、これほどまでに闘わなければならない世界を憂い、危うい社会を「何かをしなければ」と思い始めている。無関心でいられなくなった自分を強く感じ、この思いを、何らかのかたちで表現したい、と言う。
そうしているうちに、自分と同じように子育てを終えた同世代の人たちが、コンサートに戻って来るようになった。そしてつぶやく。「きよしさん、何してたの。そういえば、おれって、この30年間何やってたんだろう」。
しなやかで衝撃的な「別れのサンバ」。そこには「そろそろ目を覚まそうか」という無言のメッセージが込められている。 |
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