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午後4時30分、日比野さんが市立美術館に到着した。15日から始まる「日比野克彦展」の準備のため、館内には作品が雑然と置かれている。そんな中、日比野さんは楚々とした風情で、中央階段を上がってきた。
着いたばかりだというのに、日比野展を担当している美術館の植田玲子さんが紹介してくれた。こちらのありふれた名刺を渡すと、日比野さんは段ボールをイメージする分厚く黄土色っぽい名刺を丁寧に取り出し、くれた。肩書きはなく、真ん中に明朝体で堂々と「日比野克彦」と印刷されている。住所は渋谷で、裏にはアルファベットが刻印され、こちらも黒々と「Kastuhiko
HIBINO」。なぜか、名字だけがすべて大文字なのだった。なんとも日比野的なプリント柄のシャツに白いパンツ。青いバックをたすきにかけ、日比野さんはいわきにやってきた。おずおずと「そのシャツは日比野さんのデザインですか?」と尋ねると、ボソッと、「いえ違います」と言った。
出品点数は300点弱。その中には補修が必要なものもある。日比野さんは、展示の順番を業者さんに示していく。業者さんが「規則性は?」と尋ねると、やや間を置いて「不規則性に」と答えて、ニヤッと微笑んだ。作業の合間にマイルドセブンを吸い、携帯電話をかける。用件は補修に使う材料の指示。「古い藁半紙が欲しいんだ」と言っている。少したって植田さんが「これも日に焼けちゃっているんですよね」と言うと、「いい色になってるね」と応じ、再び、展示イメージを考え始めた。そのうち、「一回東京へ戻ってきます。あしたまた来ます」と言い始めた。補修の材料を調達するのに、自分でチェックしたいのだという。「えーっ」と驚くみんなを前に、「せいぜい2時間ちょっとでしょう。外国に比べれば楽だよ。あしたはなるべく早く来ます」と、けろっと言い、午後7時12分の特急で、東京へ戻った。
台風15号が限りなく近づいていた。
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