第422号

422号
2020年9月30日

 

彼はつねにわが道を行き、頑固で率直だった。

(M. C. エッシャー)

 いわき市立美術館で「メスキータ展」が開かれている。一般的には聞き慣れない名前だが、「エッシャーが命懸けで守った男。」というコピーがついていて、ポスターやチラシに使われている木版画は、見る側に強烈なインパクトを与えている。そしてその背景には、戦争によって命を奪われたユダヤ人としての悲劇がある。

 メスキータのフルネームは、サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ。1838年(慶応4年)の6月、ポルトガル、スペインなどからなるセファルディム系ユダヤ人家庭の二男として、アムステルダム(オランダ)で生まれた。一家が住んでいた地域は古いユダヤ人街の近くで、社会的に恵まれている人たちが多かった。
 父はヘブライ語とドイツ語の教師だったが、メスキータが5歳のときに病死。母が彫刻家の娘だったこともあって、兄は写真家(のちに自殺)、姉は彫刻家と結婚するなど、芸術が身近にある環境で育った。
 メスキータは建築家になるための国立美術工芸学校と美術教師のための国立師範学校で学び、版画を中心に制作しながら、ハールレムの応用美術学校などで製図、装飾画像、版画などを教えるようになる。その教え子のなかに、独創的で個性的な作品で知られるようになるオランダ人画家(版画家)、エッシャーがいた。
 美術教師、作家として社会的地位を獲得し、安定した生活を送っていたメスキータに第二次世界大戦の影が忍び寄る。オランダはナチスドイツに占領され、家に引き込まざるを得なくなった。それは1941年(昭和16)から2年間に及び、健康状態も悪化した。メスキータは、すでに70歳を過ぎていて、つらい日々といえた。
 そして44年(昭和19)1月31日から2月1一日にかけての深夜、妻リザベト、息子ヤープとともに逮捕され、強制収容所に連れ去られてしまう。悲しいことにメスキータと妻は2月11日ごろアウシュヴィッツで、息子は3月30日にテレジーエンシュタットで命を落とした。メスキータは、76年の生涯だった。オランダ全体では10万人以上のユダヤ人が殺害されたといわれている。
 その事情について美術史家のウタ・ローゼンバウムは「友人たちはメスキータ一家に潜伏することを勧めた。けれども一家は、セファルディム系ユダヤ人は強制移送を免れると誤解していたのである」と書いている。
 拘束されたときメスキータは自宅やアトリエに数多くの版画や素描を残していたが、その作品の一部は数日後、交流が続いていたエッシャーや友人たちが、危険を顧みずに救い出した。さらにエッシャーは戦後間もない46年にアムステルダム市立美術館で「メスキータ展」を開き、その後もその個性豊かな作品を紹介し続けた。

 「彼はつねにわが道を行き、頑固で率直だった。他の人々からの影響はあまり受けなかった」とエッシャーが語るメスキータ。その風貌は彫りが深く、髭をたくわえている。数ある自画像のなかでも印象深いのが「髭のある眼鏡をかけた自画像」(1930年、木版)で、シルエットのなかで洞察力を感じる目が光っている。さらに息子・ヤープをモデルにした肖像(1922年、木版)は来たるべき運命を暗示しているように、その表情に翳りがある。展覧会ではドイツの個人コレクター所有の約230点が展示されている。10月25日まで。


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