第436号

436号
2021年4月30日

特集 汚染水の海洋放出

ほんとうに海に流してしまっていいのですか

 東京電力の福島第一原発の敷地内のタンクに保管されているトリチウムなどを含む汚染水について、政府は4月13日、関係閣僚会議を開き、原発の敷地から海洋放出する方針を決めた。6日に菅義偉総理が全国漁業協同連合会の会長たちと会談したあとから、政府は13日にも海洋放出を決定する方針を固めた、と報道されていた。
 関係閣僚会議の席上、菅総理は「政府を挙げて風評被害対策の徹底を前提に、海洋放出が現実的と判断し、基本方針をまとめた」と述べた。政府が全面に立って、一丸となって風評被害の影響を最大限抑制する対策をして、それでも風評被害が起きた場合には東京電力に賠償するように指導するという。

 政府の決定以降、トリチウムなどを含む汚染水を海に流すという行為が、風評被害の問題にすり替えられている。メディアの報道もこぞって風評被害の言葉が飛び交い、汚染水を海洋放出することの本質的な問題が風評被害のベールで覆われてしまっている。
 タンクに保管されている汚染水を海に流すことでの一番の懸念は、風評被害なのだろうか。保管されている汚染水は、原発事故で溶け落ちた燃料デブリ(核燃料)にふれた水で、高濃度のトリチウムのほかに、わかっているだけで63の放射性核種が含まれ、さらに測定方法や除去方法がまだ確立されていない放射性核種も存在している。
 63の放射性核種は多核種除去設備「ALPS」で規制基準値以下にして流すというが、すべてALPSで取り除けるわけではない。それに「トリチウムが原因とみられる影響は確認されていない」と説明されているが、トリチウムはほんとうに人体に影響がないのだろうか。

 原発や使用済み核燃料の再処理施設を稼働させるとトリチウムが生成され、世界の原子力施設から海や川に放出されている。トリチウムはβ崩壊してヘリウムに変わる。その際出されるエネルギーは小さいので心配ないとされているが、化学的性質は水素原子と変わらず、どこでも普通の水素と置き換わる。
 そのためトリチウムは水素として核に取り込まれ、染色体異常を起こし、健康への影響を危惧している専門家もいる。「影響は確認されていない」とは「影響がない」ではなく、人体の影響が明らかでない、ということだ。相手は放射性核種。生態系の食物連鎖で生物濃縮し、時間をかけて健康被害をもたらすかもしれない。
 原発事故後、頻繁に「風評被害」の言葉が使われている。根拠のないうわさや憶測のために受ける経済的な被害を意味するが、さまざまな立場の人々に思いを巡らして便利に使われることも多々ある。
 トリチウムなどを含む汚染水が海に流されれば、福島の海も、漁業も壊滅してしまうのではないか、と思っている人は少なくない。そして、もしそうなれば、影響は福島にとどまらない。
 
 政府の海洋放出の決定から6日後、水俣病の患者団体などでつくる水俣病被害者・支援者連絡会は「自然や人体に未曾有の被害をもたらした水俣病の教訓を顧みず、同じ過ちを繰り返そうとする今回の決定に断固抗議し、反対する」という声明文を発表した。
 そこには「メチル水銀を含む工場排水を希釈して捨てても、生物濃縮で海や川へ流したメチル水銀が百万倍の濃度になって人体に及ぼした事実を、私たちは水俣病で経験してきた。人体への影響が明確になっていない段階での放射能汚染水の海洋放出は許されない」と書かれている。
 
 海は広く、境界もない。汚染水の海洋放出はみんなの問題だ。


 特集 汚染水の海洋放出

 東京電力福島第一原発の敷地内に保管されているトリチウムを含む汚染水について政府が海洋放出する方針を決めた。ほんとうに海に流してしまっていいのか、この問題の経過、問題点、背景などを取材し、漁業関係者や医師、市民運動関係者など、さまざまな人たちからの意見を集めた。 東京電力福島第一原発の敷地内に保管されているトリチウムを含む汚染水について政府が海洋放出する方針を決めた。ほんとうに海に流してしまっていいのか、この問題の経過、問題点、背景などを取材し、漁業関係者や医師、市民運動関係者など、さまざまな人たちからの意見を集めた。

いわき市漁協組合長
 江川 章さんのはなし


 放流は国が机の上で決めたこと

これ以上海を汚すな! 市民会議共同代表
 織田 千代さんのはなし


 もうこれ以上放射能汚染を広げたくない
 

脱原発福島ネットワーク世話人
 佐藤 和良さんのはなし

 これからの2年間がとても大事になる

福島県漁連会長
 野﨑 哲さんのはなし

 被災者に寄り添う国であってもらいたい


(寄稿)
 北海道がんセンター 名誉院長 西尾 正道さん

 トリチウムの海洋放出は人間の遺伝子組換えによる殺人行為

   

 記事

日々の本棚

『被曝 インフォデミック』
 北海道がんセンター名誉院長 西尾 正道著
(寿郎社)1210円

 連載

時空さんぽ 再び 〜磐城平城を訪ねて(2)
其の一 長橋町


阿武隈山地の万葉植物 湯澤 陽一
(33)ヒメシャガ


ひとりぼっちのあいつ(14) 新妻 和之
黒澤チルドレンとなって