460号 2022年4月30日 |

ロシアのウクライナ侵攻から2カ月がたった。テレビからは連日、戦禍の生々しい映像が流れ、暗澹たる気持ちになる。そして多くの人命が失われていることに憤りを覚える。でも、どうしようもなく無力で、ただ、1日も早くこの戦争が終わることを祈る日々が続いている。
生命誌の研究者で、最近『老いを愛づる』という本を出した中村桂子さんと、話す機会があった。同じようにこの戦争を憂えている中村さんは「もちろんプーチンの行為は許されるものではありませんが…」と前置きしたうえで、ベルリンの壁崩壊後の世界について話し始めた。
壁が崩れ、東西ベルリンを自由に往き来できるようになって東欧の民主化が一気に進んだ。それによってソビエト連邦が崩壊し、東西の冷戦が終わりを告げた。ベルリンの壁が崩壊したとき、プーチンはKGB(ソ連国家保安委員会)の対外諜報員として東ドイツにいて、目の前で敗北感を味わうことになった。
中村さんは「あのとき、アメリカを中心とする西側陣営は『(社会主義に)勝った、勝った』と、浮かれてしまいました。そしていまがあるわけです。もっと違うアプローチがあったはずなのに…。それが大きな分かれ道でした」と話した。
確かに、世界地図は一気に塗り替えられ、独立した東欧諸国は雪崩を打つように西側と同盟関係を結んだ。ロシアと境を接するウクライナも政権交代によって西側寄りになり、危機感を強めたロシアのウクライナ侵攻につながった。そして中村さんは「そもそも境界とは人間がつくったものです。自然には境界などありません」と言った。
世界万人に真に勝つ武器は
神のやうに無手でありませう
前を正しく見て
物を持たないことでありませう
また持たうともしないことでありませう
わたくし共は父母の子でありますけれども
創りは独り
茫々とした天と地の子
我が物と思はないことであります
手は垂れて何も蔵さず
慈悲と無慈悲の中ほどに立つて
身体のいづれにも力を籠めぬ
あの平かな姿であり
言葉であり行ひでありませう
(「戦争に際して思ふ」より)
第二次世界大戦に従軍した、草野天平が書いた詩。人間の狂気が露わになり、人と人とが殺し合う戦争の愚かさを目の当たりにした天平は、「無手で立つ」という生き方を貫こうとした。相手を敵対視し、巨額で殺傷能力の高い兵器で戦い合う現代の戦争。そしていつも、弱い立場の人たちが巻き添えを食い、命を脅かされる。懲りない。やるせない。
ドイツの哲学者・カントは「永遠平和は難しい。だからその状態に少しずつ近づくために一人ひとりが努力するのだ」と説いている。それには、勝った負けた、取った取られたではなく、武器を捨てて手を取り合う努力をすることが、必要なのだと思う。あきらめてはいけない。
特集 天平と戦争 |
詩人・草野天平は第二次世界大戦で応召されたときに、真剣に逃亡しようと思った。人間が武器を持って殺し合い、尊厳まで無視する戦争。ロシアのウクライナ侵攻を機に、天平が願った、武器を持たない「無手の思想」を考える。

梅乃さんと戦争
東京女子大時代に戦争を体験した梅乃さんの思いをまとめた。

記事 |
阿部幸洋さんのはなし
画家の阿部幸洋さんがスペインで暮らして42年になる。一時帰国して、4月中旬、ギャラリーいわきで個展を開催した。個展後、ウクライナやコロナのことなど話を聞いた。
三戸大輔さんのはなし
ドイツなどでビール作りを学んだ川前地区地域おこし協力隊の三戸大輔さんは、地区の人々に原料のホップや大麦を栽培してもらい、川前町の地ビール作りに取り組んでいる。名前は「いわき乾杯! KAWAMAEL」。初めての試作品が1月に完成した。

今中哲二さんのはなし
東京電力の「海洋放出影響評価報告書」を読み解く

さんぽ道
鬼ヶ城のさくら

ギャラリーみてある記
松本竣介《街》と昭和モダン
―糖業協会と大川美術館のコレクションによる―
~6月12日まで いわき市立美術館

シネマ帖
コーダ あいのうた

日々の本棚
雑誌「科学」4月号
岩波書店 定価1540円

連載 |
新連載
パンドーラーの箱(1) 天野 光
プロローグ
戸惑いと嘘(78) 内山田 康
神の死と主権の秘密(4)
阿武隈山地の万葉植物 湯澤 陽一
(57)センダン
ひとりぼっちのあいつ(37) 新妻 和之
「あしたのジョー」再起第三戦
時空さんぽ 再び 〜磐城平城を訪ねて(26)
其の二十四 鷲門
コラム |
月刊Chronicle 安竜 昌弘
ひとから機械へ
あちらこちらで人間ボッコちゃんが増殖を続けている