461号 2022年5月15日 |

戦争より悪いことなんて何もない
どうしても、ウクライナでの戦争から意識が離れない。もちろん、国境を突破して攻め入り、市民さえも殺戮していくロシアの行為は許せないのだが、その背景も気になる。本音を言えば、東西冷戦時代、ソビエト連邦崩壊という歴史のうねりのなかでも、旧社会主義国に対する興味は薄かった。日本での情報が西側に偏っているということもあるのだが、西と東の勢力分布図の変わりようがオセロのようにめまぐるしく、知識がついていけなかった。そうしたなかで、今回のロシアによるウクライナ侵攻である。「ここは腰を据えて勉強しなければ」と思った。
ロシア語の同時通訳者でエッセイストでもあった米原万里さん(故人)は9歳から14歳まで、父の仕事の関係でチェコスロバキアのプラハで暮らし、ソ連の外務省が運営する「ソビエト大使館附属学校」で教育を受けた。外国共産党幹部の子どもたちが通う学校で、クラスメイトにはギリシャ人、ルーマニア人、ボスニア人などがいた。
チェコスロバキアでは米原さんがプラハを離れた4年後に「プラハの春」が起こり、その20年後に「ビロード革命」によって民衆が自由を勝ちとった。そしてソ連が崩壊する。米原さんはプラハ時代のクラスメイトがどうなったかが気になり、仲がよかった3人の消息を探し当てて、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』としてまとめた。そこには東側から見た世界が描かれていて、「物事を判断するときは双方からきちんと見ないと、本質を見誤る」という米原さんの声が聞こえてくる。
先日、NHKのETV特集で「ウクライナ危機 市民たちの30年」が放送された。ウクライナはソビエト連邦から独立して以来、ずっと親欧米派と親ロシア派による分断が続いてきた。自由主義経済の導入によって親ロシア派の一部がロシアとの貿易で富を独占し、貧富の差が生まれた。それを維持したい親ロシア派と、ロシアの影響力から解き放たれ、自由で平等な自分たちの国にしたい親欧米派との対立が、クリミアなどでの内戦状態を生んでいる。しかもロシアにはいまだに「ウクライナはロシアの一部」という意識があり、どうしても相容れることができないのだという。
2014年のユーロマイダン革命に参加した若者は「革命によってロシアを怒らせたから侵攻された? ぼくたちはロシアの資産でもペットでも属国でもない。独立国家です。行動すれば国を変えられる、ということを実際に体験した。だから、決して屈しません」と話す。
おそらくこの戦争は、親ロシア派が多い地域であるドンバスとクリミアの8年にわたる戦いのように、長引くのだろう。親ロシア派の老婆が「戦争より悪いことなんて何もない」と言っていたが、巻き込まれて犠牲になっていくのは、平和に日々の生活を送っていた市民たちなのだ。歴史的にも戦禍にさらされ続けたウクライナの国土が1日も早く、平穏で豊かな青い空と一面が小麦の黄色い大地に戻ることを、祈りたい。
特集 ウクライナのこと |
ロシアがウクライナに侵攻して間もなく3カ月になる。ナチスドイツに対する勝利を祝う戦勝記念日の5月9日には、プーチン大統領が「ロシアにとって受け入れられない脅威が国境付近にある」などと演説したという。いわき市で暮らすウクライナ人女性のインタビューと、激しい戦いが繰り広げられているドンバス地方をはじめウクライナの歴史などを紐解きながら、ウクライナについて考えてみる。
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記事 |
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脱炭素で電気自動車へのシフトが加速している。ノンフィクションライターの中部博さんが「車の近未来」について話した。その要約を2回に分けて紹介する。今回はその1回目。

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