477号 2023年1月17日 |
もし海に流されたら、いわきの海も漁業も終わってしまう
子どものころから「くじら」と呼んでいる岩が薄磯海岸にある。年月とともに浸食されてシャープになり、いまでは、くじらというよりサメのようだが、相変わらず「くじら」と言ってかわいがっている。いったい、くじらはいつからそこにいて、なにを見てなにを思い、考えているのだろう。くじらを眺めては、そう思っている。
2023年を迎え、仕事始めの翌日から、いわきの海岸線を北(末続)から南(勿来)に向かって取材している。この春にも福島第一原発の敷地内のタンクに保管されているトリチウムなどを含む汚染水の海洋放出が始まろうとしているなかで、海岸線を歩いて海沿いの暮らしや歴史、文化にふれながら、多くの声を聞いてみたかった。
トリチウムなどを含む汚染水の処理には、初めから海洋放出が有力視されてきた。しかし、それは多核種除去設備(ALPS)を通しても、もともと事故で溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)にふれた汚染水で、もし海に流されたらいわきの海も漁業も終わってしまう、と漁業者たちは考えた。たとえ薄めて流したとしても。そして流され始めたら、終わりは見えない。
だから漁業者たちは苦渋の選択で、建屋より山側や、建屋に近い井戸からあえて汲みあげた地下水の海洋放出は認め、代わりに「関係者の理解なしに(トリチウムなどを含む汚染水の)いかなる処分も行わない」と、政府と東電の約束をとりつけた。にもかかわらず関係者たちの理解を得ないまま、海底トンネルの建設工事など海洋放出に向けての準備が進められている。
新春の記者会見で福島県の内堀雅雄知事は、タンクにたまった水の扱いを問われ「国及び東電の責任において、環境や風評への影響などを十分に議論の上、国民や県民に丁寧に説明しながら、慎重に検討を進めるべき」と、いつも通りの言葉を述べた。
いわき市の内田広之市長は「関係者の理解を得られているとは思っていない。いろんな面で対応していることは知っているが、関係者の意識が変わっているとは思えない」と話し、「何か行動するのか」という問いには答えなかった。
海岸線歩きは成り行き任せで行きつ戻りつし、江名の手前の合磯までしかたどり着けていない。このあと合磯からまた南に向かって取材を続ける。さまざまな話を聞くなかで、海洋放出についても尋ねているが、賛成の声はない。「国で決められたことだからそうなってしまう」や「反対ではない」が最も肯定的な意見といえる。
この間、くじらの前も何度か通っている。くじらは黙して語らずだが、言いたいことはわかる。
特集 いわきの海岸線を歩く |
いわき市の海岸線は60kmある。東日本大震災では最北端の末続から南端の九面まで大きな被害を受けた。しかもこの春から福島第一原発敷地内に貯まり続けているトリチウムなどを含む汚染水が海に流される予定だ。震災から12年。いわきの海岸線はどう変貌したのか。1月6日から9日にかけて末続から豊間の合磯までめぐり、さまざまな人から話を聞いた。
末続 太陽光発電とカフェ
久之浜 漁港
四倉 道の駅よつくら
新舞子 サイクリングと釣り
沼之内 漁港
薄磯 塩屋埼灯台下
豊間海岸 サーフィン
合磯 防災緑地
記事 |
早川篤雄さんを悼む
命や暮らしを守るため努力する
いわき市民訴訟原告団長 伊東達也
メトロノーム
新春氏長記者会見
無難な官僚型答弁からの脱皮を
日々の本棚
黒い海―船は突然、深海へ消えた
伊澤理江著
連載 |
DAY AFTER TOMORROW(239) 日比野 克彦
想像する時間 想像力はどこで養われて鍛えられるのだろう
戸惑いと嘘(91) 内山田 康
遠くから島を振り返る⑤