第484号

484号
2023年4月30日
 

      なつかしい感じのするしあわせ

 

 そばに置いて時々手にする本のなかに、ターシャ・チューダーの絵本『すばらしい季節』がある。原題は「First Delights」。編集者の末盛千枝子さん(82)が2000年に自身のすえもりブックスから出版した新装版で、その七年前、末盛さんが翻訳して西武系の出版社のリブロポート(1998年に閉鎖)から出されていたものを、原書と同じ表紙とデザインに戻して再版した。
 「しずかに 五感をあたため シマフクロウは 塔のうえで じっと動かない」とテニスンの詩で始まり、農場で暮らす女の子の五感を通して感じる季節の喜びを語る。そして「あなたのまわりにも こんなすばらしいことがたくさんあって きっといつも あなたが 気がついてくれるのを まっています」と、締めくくっている。

 末盛さんがこの絵本を初めて手にしたのは、1966年、ニューヨークで開かれた出版団体「アメリカン・ブック・アソシエーション」の大会で、たくさんの出版社のブースを歩き回っていた時だった。ターシャのできたての新刊で、美しい表紙に魅せられた。
 大学を卒業して至光社という絵本の出版社で働きながら、いつの日か自分の手で「これぞ」と思う絵本を1冊でいいから作りたいと、思った。その後、結婚して仕事から遠ざかっていたが、83年、子どもが8歳と6歳になったころ、絵本の出版部門を立ち上げる仕事の誘いが舞い込み、バトンタッチするように、NHKのディレクターをしていた夫が急逝した。
 1989年、末盛さんはすえもりブックスを立ち上げ、2年後、前から親しくしていた、ターシャの担当でもある編集者に頼んで、いっしょにアメリカ・バーモンド州のターシャの家を訪ねた。さらに2年後、つきあいがあった編集者が勤めるリブロポートから『すばらしい季節』が出版された。

 末盛さんの著書『人生に大切なことはすべて絵本から教わった』(現代企画室)には、ターシャとの出会いが詳しく書かれている。同名のタイトルで2008年4月から1年間、東京・ヒルサイドテラスのセミナーで話した内容がまとめられていて、初回がターシャとの出会いだった。
 絵本のはなしと侮るなかれ。1冊の絵本をきっかけに、末盛さんは作家や編集者はもちろん、これまで出会ったさまざまな人々、自身の半生や家族などにもふれながら、こころの持ちよう、なにより生きることを伝えている。
 『すばらしい季節』には懐かしい感じのするしあわせがある、と末盛さんは書いている。疎開をして幼い日を過ごした父の故郷の盛岡での記憶、例えば、田植えの風景や蚊帳に放された蛍などにつながり、どんな状況にあってもしあわせを感じられるという。
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 「末盛千枝子と舟越家の人々」展が6月25日まで、千葉県の市原湖畔美術館で開かれている。末盛さんの半生と仕事を手がけた絵本の原画や資料、そして末盛さんを育んだ父母と妹弟たちの作品を通して見つめられる。


 特集 末盛千枝子と舟越家の人々 

 編集者の末盛千枝子さんとその根っこともいえる舟越家の人々の展覧会が6月25日まで、千葉県の市原湖畔美術館で開かれている。決して平坦ではなかった末盛さんの人生だが、展示を見ていると、さまざまな出来事が糧になり、いかにいい仕事をしてきたかがわかる。千枝子さんの人生やさまざまな関わり、今回の展示などを紹介している。

末盛千枝子さんと家族
父は日本を代表する舟越保武、母は俳句を詠み、詩を書く道子。妹たち(苗子、茉莉、カンナ)もさまざまな分野で活躍し、弟は彫刻家の舟越桂と直木。さらに最初の夫は「夢であいましょう」「ビックショー」などを手がけた、NHKプロデューサーの末盛憲彦(故人)。千枝子さんがどう生きてきたかを振り返った。

展示室をめぐる
1階は千枝子さんの人生や仕事、地下は舟越家の人々の作品が展示されている。千枝子さんが手がけてきた本の原画、憲彦さんの仕事が一階。保武、桂、直木、三人の彫刻やデッサン。女性陣の自由奔放な作品が地下。作品と向き合うとさまざまなことを感じる。

前田礼さんのはなし
今回の展覧会を企画した同美術館館長代理の前田礼さんの思いを話してもらった。

末盛千枝子さんの講演
4月16日に湖畔美術館で末盛さんが話した講演をまとめた。

美智子さまと千枝子さん
二人の縁や共同の仕事について調べた。 



 連載

戸惑いと嘘(98) 内山田 康
無知の発展について⑥


パンドーラーの箱(13) 福島の海から考える 天野 光 
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