第492号

492号
2023年8月31日
炎天のなか東京・霞ヶ関の首相官邸前で行われた市民団体の集会 2023.8.18

 

「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束

 8月24日午後1時過ぎ、東京電力は福島第一原発の敷地内タンクにためているトリチウムなどを含む汚染水の海洋放出を始めた。放射性物質は環境に放出されないように閉じ込めることが原則だが、政府と東電はあえて海に流す方法をとった。
 トリチウムなどを含む汚染水の処理には、初めから海洋放出が有力視されてきた。しかし、それはALPS(多核種除去設備)を通したとしても、もともと原発事故で溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)にふれた汚染水で、もし海に流されたらいわきの海も漁業も終わってしまう、と漁業者たちは考えた。
 そのため漁業者たちは苦渋の選択で、汚染水を減らす対策として建屋より山側や、建屋に近い井戸(サブドレン)から汲みあげた地下水の海洋放出を認め、代わりに「関係者の理解なしに(トリチウムなどを含む汚染水の)いかなる処分も行わない」という約束を、政府と東電から取りつけた。
 漁業者たちにとって、特にサブドレンから汲みあげた地下水の海洋放出は最大限の歩み寄りで、それ以上の放出は自分たちの生業、海を守るために絶対に認められないものだった。2015年、約束は政府と東電と文書で交わされた。

 それから8年の歳月が経った。けれど汚染水の発生を減らすための建屋への地下水流入を減らす抜本的な対策は取られず、いまも汚染水は1日に100t前後増えている。燃料デブリの本格的な取り出し時期も見通せないまま。
 政府も東電も「福島の復興に欠かせない廃炉を進めるために必要」と、海洋放出を説明するが、その言葉に説得力はない。漁業者をはじめ関係者の理解を得られないまま、海底トンネルの建設工事など海洋放出に向けての準備を粛々と進め、放出時期を夏ごろと一方的に決めて海に流し始めた。漁業者はいまも反対の姿勢を崩していない。9月1日から底引き網漁が始まる。

 海洋放出が開始される一週間前、これ以上海を汚すな!市民会議(織田千代、佐藤和良・共同代表)などが東京の首相官邸前で集会を開き、漁業者との約束を守るよう訴えた。数日前には福島円卓会議が「今夏の海洋放出は凍結すべき」など5項目の緊急アピール文をまとめ、経産省と東電に送った。
 海洋放出前日には国と東電を相手に、福島県などの住民や漁業者が海洋放出の許可取消や差し止めを求めて福島地裁に提訴することを発表した。3、40年と言われている海洋放出だが、廃炉の終了まで続くとされるなか、現実にはそれ以上かかるだろう。それに、タンクにはどんな核種がどれだけ含まれているかも明らかではない。
 それぞれが、それぞれのやり方で海を守ろうとしている。その拠り所になっているのは、漁業者たちが政府、東電と交わした8年前の約束。約束は守らないといけない。


 特集 8.24海洋放出 開始までの一週間

 

8月24日午後1時過ぎ、東京電力福島第一原発の敷地内タンクにためているトリチウムなどを含む汚染水が海洋に流された。9月1日から始まる底曳き網漁業が始まるというタイミングでの放出だった。その一週間前からの放出反対の動きを追った。

8月18日金曜日 8.18首相官邸要請行動
放出を強行すれば将来に禍根を遺す
これ以上海を汚すな!市民会議とさよなら原発1000人アクション実行委員会の呼びかけによる集会が8月18日、首相官邸前で開かれ、約300人が「汚染水を海に流すな」と訴えた。その後、場所を参議院議員会館に移し、政府と東電に要請書を手渡した。さまざまな人たちのアピールを紹介する。

8月21日月曜日 第3回福島円卓会議緊急アピール
地下水・汚染水の根本対策に取り組むべき
福島大学の研究者など8人が呼びかけ人になって発足した福島円卓会議の第3回会議が8月21日、福島市の杉妻会館で開かれ、「今夏の海洋放出は凍結すべき」という緊急アピールをまとめ、政府と東電にメールで送った。

8月23日水曜日 放出差し止め訴訟
デタラメはもうたくさん
漁業関係者や住民などが国や東電を相手取って「ALPS処理汚染水の海洋放出を差し止めるための訴訟」を起こす。提訴は9月8日を予定している。原告たちの思いを紹介する。

いわき市で開かれた放出差し止め訴訟の記者会見


 連載

パンドーラーの箱(17) 福島の海から考える 天野 光 
IAEA2023年報告書