第518号

518号
2024年9月30日

    まちの魂を泣かせてはいけない

  茫然としたまま声が出なかった。福島県都市計画審議会。湯本駅周辺土地区画整理事業に関して意見書が出されたため、その意見について審議された。いわきから出席した3人が陳述し、この計画の疑問点を述べた。
 これまでの経験から「意見書は不採択になり、事業計画は認可されることになるだろう」とは思っていた。興味は委員の間でどんな意見のやりとりが行われるかだった。出席した委員の中には、福島県警の交通規制課長やいわき商工会議所の女性会会長もいた。ところが陳述に対して質問したのはわずか数人で、会は水を打ったように静かに進行した。
 委員たちは最後に、会長から採択か不採択を問われ、17の意見に対してそのたびに黙って手を上げ続けた。すべての意見を採択としたのは一人だけで、残りの人たちは「門前払い」とでも言うように不採択に同意した。既定路線に異を唱えた人たちの思いが、水泡に帰した瞬間だった。

 湯本駅前再整備の取材を始めてから、「湯本の駅前と町はどうすることがいいのだろう」と考えることが多い。町のシンボルである駅前にビルを建て、公共施設を持ってくる。そのために周辺を区画整理し、道路を付け替える。事業手法はわかるのだが、イメージや空気感が感じられない。施設内に温泉をつくる、図書館を入れる、支所も…、といった話は聞こえてくるのだが、肝心のグランドデザインが見えない。「だれのための、何のための整備なのだろう」という疑問が頭をもたげてくる。そしてことあるごとに「湯本はどんな町にすべきだと思いますか」と尋ねている。
 もともとは温泉を生かした湯治場だった。そこに石炭が出て炭鉱の町になり、炭鉱が斜陽になったことで、「炭鉱から観光へ」と常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワインズ)が生まれた。しかし湯本の町を牽引してきたハワイアンズは銀行管理を経て外資系ファンドに買われ、町を不安が被っている。そうした中での駅前再整備なのである。ここは行政力が問われている。役所の常識の範囲でのありきたりな発想による開発では、もたない。
 湯本で生まれ育った男性に「湯本の町はどうあるべきだと思いますか」と尋ねると「湯本は温泉を生かすべきです」という答えが返ってきた。
 「1300年の歴史を持つ温泉を持ち、源泉から出る量としては日本有数なうえに、60度前後と入浴に適した温度です。駅を降りたら目の前が温泉なんていうところはそうないので、もっと温泉をクローズアップし、湯本温泉らしいまちづくりをすべきだと思います。温泉という王道で勝負するのです。ハワイアンズがあるのですからリゾート的な温泉の要素があってもいいと思います。台湾もヨーロッパも世界の温泉はみんな、裸ではなく水着です。ハイカラな滞在もいいかもしれません。健康と温泉という切り口で、いわきならではの温泉を多角的に考えたらいいのではないかと思います」

 「湯本をどんな町にするか」ではなく、駅前にビルを建てて公共施設を集約することが優先された計画。このままでは湯本の文化、魂が泣く。


 特集 なにを間違えたのか―湯本駅前再整備

福島県都市計画審議会が9月12日、福島市市民会館で行われた。駅前再整備に伴い区画整理を行うことになり、縦覧しているときに地区住民から意見書が出た。審議会ではその意見書について採択か不採択かを話し合った。結局、出された意見書17件を採択としたのは一人だけでそれ以外は不採択で、議論らしい議論もなかった。審議会で意見陳述した3人の内容とこの再整備を巡る動き、問題点を取材した。

きっかけは天王崎住宅の廃止
再整備の背景

ほとんど審議がないまま採決
県の都市計画審議会
石 明生さんの陳述
鈴木 恭伯さんの陳述
長岡 裕子さんの陳述

駅前は森の公園にしてほしい
御幸山の土砂崩れが心配
長岡 裕子さんのはなし

町がよくなって客を呼べる
先導、旗振り役として
小泉 智勇さんのはなし

 記事

常磐興産の買収

9月9日に突然飛び込んできたスパリゾートハワイアンズを運営している常磐興産がアメリカの投資ファンド「フォトレス・インベストメント・グループ」に買収されるというニュース。自らの主導権を渡し、ハワイアンズが生き残る道を選んだ常磐興産の選択について調べた。

常磐興産のこと


まちがたり
ガレリア ブル

隠れ家のような三角屋根の建物
「ガレリア ブル」とはイタリア語で」ギャラリー ブルー」の意味。やまぐち矯正歯科クリニックの奥さん、山口典子さんが開いた。自ら福島大学教育学部美術科で学んだ経験を持っているが、5年前に妹さんに勧められて油絵を始めた。典子さんの絵やギャラリーへの思いを紹介する。





わたしの本棚
『あさになったので まどをあけますよ』
文・絵 荒井良二
(偕成社・1300円+税)



 連載

踊るこころものがたり 5
アグネス・キムラさん
人前で初めてフラ、タヒチアンを踊る思い

木漏れ日随想(27)佐藤晟雄
あの「あれ」