第530号

530号
2025年3月31日

                  自由にのびのびと子どもたちの芽を伸ばす

 

 きっかけは画家の峰丘さんだった。用事があって編集室に来たときに「1度、旧好間三小に行ってみてくれないか。いいことをやっているから。ときどき絵を教えているんだ」と言われた。小学生が放課後に集まって来て、スポーツや絵、習字、ピアノ、さらに勉強まで教わっているという。なんだか自由な空気を感じた。しかも活動の中心は大田原邦彦さん(59)だという。久しぶりに聞いた名前だった。3月19日、連絡をして会いに行った。

 大田原さんの頭の中にはつねに、ヨーロッパ、特にドイツのスポーツクラブのイメージがある。小さな町にクラブハウスとグラウンドがあり、老若男女がクラブ内のカフェに集う。障害を持った子どもたちもやってくる。そこで料理教室などが開かれ、地元チームの試合も行われる。
 放課後の子どもたちの勉強はおじいさんやおばあさんが見ていて、地域の企業が義手や義足を作るための工場を提供し、同年代の子どもたちがそれを作っている。企業は進路相談に乗り、就職の斡旋もする。しかもスポンサー企業になると優秀な人材を採用する権利を持つ…。
 これは、ドイツ南西部にあるホッフェンハイムという人口1万2000人の町での光景。この町にはドイツのトップリーグ、ブンレスリーガに所属しているTSGホッフェンハイムがあり、週末のホームゲームになると3万人収容のスタジアムは満席になる。年間シートチケットも即日完売だという。このチームを支えているのが六つのアマチュアクラブで、その1つに「人生のキックオフ」という洒落た意味を持つ、アンフィス・インスリーベというチームがある。
 スポーツクラブは民主主義の縮図で、子どもたちは町について議論し、クラブで社会について学んでいく。アマチュアの子どもたちの試合があると、地域のお年寄りが焼いたお菓子や古着を持ち寄ってバザーを開き、ハーフタイムに「これはファイトマネーです。チームに役立ててください」と売上金を直接手渡す。
 そうしてクラブで育った子どもたちがトップチームに駆け上がり、移籍金を町に還元していく。少子化はあるが過疎はない。それがドイツの地方都市の姿。大田原さんはスポーツクラブを訪ねるたびに、目を開かれる思いだった。

 震災と原発事故が起こったあと、大田原さんは岩手、宮城、福島の復興支援に駆けずり回った。ドイツのスポーツクラブが子どもたち10人とスタッフ3人を無償で受け入れてくれる段取りもした。活動を通して信頼できる仲間たちとも知り合った。そうしたつながりのなかで「旧好間三小を貸し出す」という市の公募を知り、「スポーツ&カルチャークラブ」を開設する決断をしたのだった。このクラブには、放課後に小学生が利用する「好間キッズクラブ」(児童クラブ)があり、さらにサッカー、剣道、バドミントンなどのスポーツ、絵、ピアノ、習字、勉強なども学ぶことができる。
 教室を回っていたら、峰丘さんのスペースに入った。窓際にはメキシコのサボテンの鉢植えが置かれ、壁には伸びやかな絵がたくさん貼られている。グランドピアノも2台あり、ピアノで遊んでいるうちに、いつの間にかベートーヴェンの「エリーゼのために」を弾けるようになった子が現れたりもした。
 規制せず、押しつけず、自由にのびのびと子どもたちの芽を伸ばす。そしてみんなで地域を育て、愛着が持てるような場所にする。大田原さんの夢は、北好間権現堂の地で少しずつ実を結ぼうとしている。