第548号

548号
2026年 1月 1日

  記念行事を考える前に検証と議論が必要

 

 この秋、いわき市が60歳の還暦を迎える。昭和41年(1966)10月1日、石城郡と双葉郡の5市4町5村が合併して、日本一広い市が誕生した。エネルギー革命で石炭から石油への転換が迫られ、漁業の先細りが見え始めていた。そうしたなか、常磐・郡山地区が新産業都市の指定に名乗りを上げ、合併に舵を切った。
 工業団地を造成して積極的に労働集約型の企業誘致を図り、人口を増やすことが目的で、社会はさまざまな面で転換期に入ろうとしていた。天井知らずと思われた高度経済成長が公害問題などで低空飛行に入るなか、さまざまな模索が行われた。1月の常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)のオープンは、象徴的な出来事といえた。

 この年の3月23日、福島県知事の佐藤善一郎が65歳で急逝した。佐藤は信夫農学校(現在の福島明成高校)出身で、たたき上げの政治家。清水町(現在の福島市蓬莱地区)の町長から県議に転じ、戦後に公職追放されたが、福島経済連の初代会長を務めて財政を立て直し、衆議院議員から知事になった。在任中、東京電力福島第一原子力発電所の建設を決めた人としても知られている。
 このころの県紙の論説では「このチャンスを逃したら県土100年の大計は図られない」という活字が躍り、県と郡山地区、石城郡市町村では総力を挙げて新産都市の指定獲得をめざした。しかし、その中心にいた佐藤は「クジラだと思って獲ってみたら案外、イワシになるかもしれない」と言っていて、内心、「国に踊らされて指定を受け、合併することがはたしていいのだろうか」という心配があったのかもしれない。

 合併から60年。東京電力福島第一発電所が事故を起こして放射能が降り注ぎ、浜通り地方だけでなく福島県は大きな打撃を受けた。その後、県は積極的に自然エネルギーを推進し、メガソーラーや巨大なプロペラの風力発電が景観を変えた。しかもその電気の多くは既存の送電線を使って首都圏に送られている。さらに小名浜の臨海工業地帯を支えてきた三菱ケミカル小名浜工場(旧日本水素)の撤退が決まった。次々と進出してきた労働集約型の重化学工業の先行きもいま、微妙な状況にある。

 60年前のいわきはみんな、新しい波に呑まれながらも頭と体を動かして、それぞれのアイデンティティ(地域らしさ)を守ろうとしていた。それが合併協議で、その激しいやりとりは、合併の時期を一年遅らせたほどだった。
 これから急激な人口減時代に突入する。空き家も増えていくだろう。いわきは、どうやって地域の独自性を守り、それを生かしながら進んでいくべきなのか。記念行事を考える前に真剣な検証と議論が必要だと思う。


 特集 60歳のいわき 1966年

いわき市が誕生して60年になる。5市4町5村の対等合併によって生まれ、還暦を迎えたが、広域多核都市という宿命に人口減少が覆い被さり、悩みは尽きない。60年前の1966年(昭和41)はどんな年だったのかを振り返りながら、課題を見つめる。

合併の苦しみ
市名と庁舎の場所で揉め合併がずれ込む

佐藤英介さんのはなし
これからの行政はどうなっていくのか
人口減を真剣に考えなければいけない

常磐ハワイアンセンターの誕生
石炭の斜陽化の流れのなかで

鞍田東さんのはなし
炭礦として生き残るために

当時の常磐ハワイアンセンター

 記事

いわき信用組合の本質2
X(旧ツィッター)の投稿者で2億円を横領した元職員の手口、いまどうしているのかを取材した。
ギャンブル依存を断ちいまは真面目に工場勤め
無断借名融資で横領も
矯正施設暮らしも経験

元常勤役員・監査20人を提訴
いわき信用組合が旧役員20人を福島地方裁判所いわき支部に提訴した。損害培養額は約32億円。記者会見でのやりとりを紹介する。

湯本駅前再整備を巡る行政訴訟
第2回口頭弁論が12月16日、福島地方裁判所で行われた。この日も被告席には市の代理人や関係者の姿はなく、リモートによるやりとりだった。
被告はリモートで参加
前段の監査請求を反論

いいじまホビーのはなし
模型好きにはたまらないたからものがいっぱい
いわき市南町にある模型専門店「いいじまホビー」が一月末で閉店する。はじまりは戦後間もなくの昭和22年。創業者は高校の物理教師をしていたいいじま登司さん。平のまちからまた一つ、名物店が消える。

社長と奥さんがここまでにした

プラモデル界のこと
世界的に人気があるバンダイの「ガンプラ」



 連載

阿武隈山地の絶滅危惧種 ㉓ 湯澤陽一
メヤブソテツ シダ類 絶滅危惧1A類

木漏れ日随想(55)佐藤晟雄
魯迅の心


 コラム

刊Chronicle 安竜 昌弘

戦中派の来し方
長い戦後を死者とともに生き
死者に動かされた人生