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● 菜の花の歌日記(12)
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菜の花(6)母と娘たち


其の拾弐 それから

 遙か来た道ふり返り遠い空
 背伸びして見る懐かしの里


 偶然なのだけれど、母娘の不思議さを思う。君枝さんの49日は次女の誕生日だった。娘たちは君枝さんが生前そうしていたように、集まった親戚 たちを手料理でもてなした。
 登喜雄さんは3月から、日課にしていたお墓参りを2のつく日だけにした。あの世で暮らそうとしている君枝さんを束縛したくないし、自分の気持ちも整理できないと思ったからだった。
 3月10日の君枝さんの70歳の誕生日には、にぎり寿司などテーブルにごちそうを並べて、2人だけでお祝いした。登喜雄さんは君枝さんの病気がわかった日から大好きな歌とお酒をやめていたが、この日、ビールで乾杯した。
 百箇日からは2人分作っていた食事を1人分にし、朝と晩のお茶だけは2人分いれて、その日にあったことを君枝さんに報告している。
 春、登喜雄さんの周りで、君枝さんが大切に育てていた花が次々咲いた。まずは庭の菜の花、それから黄色のモッコウバラ、タイツリンソウの鉢植え…。「早く、元気になってね」「じいちゃん、もうすぐ金婚式だね」と、まるで君枝さんが登喜雄さんを励まし、寂しさをなごませているようだった。

 緑木の木の間隠れに鳥の声
 森林深く空気清らか


 そして5月2日、登喜雄さんは50回目の結婚記念日を迎えた。翌3日には平の正月荘で、娘たちが企画した金婚式をお祝いする会が開かれた。君枝さんがいたら、親戚 も招いて1泊で賑やかにするはずだったけれど、2人の娘夫婦と孫たちが登喜雄さんと君枝さんの遺影を囲んで、結婚50年を祝ってくれた。
 何年も前から、登喜雄さんは金婚式のことを君枝さんと話し合っていた。「ばあちゃんもここに一緒にいられれば。50年のなかには苦楽がある。何1つ不平を言わず、子どもを一生懸命育て、仕事も一生懸命してきた。ばあちゃんをほめてやって欲しい。それが供養になる。ありがとう」。お祝いの会で、登喜雄さんは話した。
 君枝さんはくよくよするのが好きでなかった。隣の席ににこやかな君枝さんの遺影が座っているのは寂しいけれど楽しもう、と登喜雄さんは思った。さまざまなお楽しみが用意されていて、お祝いの会は笑い声いっぱいだった。

 炎天下暑い暑いと水を飲み
 我慢出来ずに又水を飲む


 お盆が近づき、登喜雄さんは新盆の準備を始めた。「心の整理をするふりをしないと、ばあちゃんが帰ってきても落ち着かない」。そう自分に言い聞かせた。そして気持ちを支えられる、何か一生打ち込めるものを見つけたいと思った。
 でも盆送りを終えると、気持ちはまた逆向きになった。心のなかがすきっとせず、ゆとりのないもがきを感じた。君枝さんと一緒に聞いた思い出の歌謡曲がテレビから流れると、いたたまれなくなって消して、布団に横になった。
 「そんなことではダメだ」。変わろうとする努力は毎日している。気持ちを整理して自分の世界に一歩踏み入れたいとも思うが、行動に移すまでにならない。「いまが一番しんどい」。登喜雄さんはそう感じた。

 爺ちゃんは好きなカラオケに癒されて
 いつも歌いつ飽きぬが如し


 歌う機会は何度かあった。でも、どうしても君枝さんを思い、迷う。「はしゃいでいいのかな」と。歌えるのはいつになるか、まだわからない。





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