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第412号

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ストリートオルガン151
 

画・松本令子

かあちゃん展


 神様がたった1度だけ
 この腕を動かして下さるとしたら
 母の肩をたたかせてもらおう
 風に揺れる
 ぺんぺん草の実を見ていたら
 そんな日が
 本当に来るような気がした

 昨年の秋、群馬県みどり市の星野富弘美術館で企画展「かあちゃん」が開かれた。富弘さんは母を題材にした作品をたくさん手がけていて、なかでも「なずな」(1979年)がまっ先に頭に浮かぶ。休日の朝にのんびり食事をしていて突然、思い立ち、慌ただしく準備をして富弘美術館に出かけた。
 気持ちよく晴れた日で、秋を見つけながら車を走らせた。あぶくま高原道路から東北自動車道と宇都宮日光道路を経て、国道112号の山道を抜けて足尾辺りまで来ると、渡良瀬川やわたらせ渓谷鐵道が見えてくる。草木湖畔に建つ美術館に着いたのは午後2時半ぐらい。駐車場にはバイクもずいぶんとまっていた。
 富弘美術館を訪ねたのは開館したころ以来で、およそ30年ぶりだった。2005年に建て替えられたので印象はまるで違う。外観ではわからないが、シャボン玉 をイメージして33もの丸い部屋を組み合わせ、廊下や柱のないやわらかな雰囲気の建物で、部屋と部屋の間にできた隙間は小さな庭になっていて、野の草花が植えられている。

 富弘さんは1970年に群馬大学を卒業して高崎市の中学校の体育教師になり、2カ月後、クラブ活動の指導で前方宙返りをして頭から落ち、首の骨を折った。初めの3カ月は生死の境をさまよい、人工呼吸器でやっと生きていた。
 母の知野さんの献身的な看病でいのちの危険は脱したものの、首から下の自由を失い、体調が回復するにつれ、仰向けに寝たままの毎日に絶望的になっていった。そのどうしようもない苛立ちを、寝泊まりしながらつきっきりで世話をしてくれていた知野さんにぶつけた。
 入院して2年が過ぎたころだった。転院した重い病気の少年のために寄せ書きをすることになり、富弘さんは「文字を書けるようになりたい」と思うようになった。目の前にスケッチブックを立てかけてもらい、口にサインペンをくわえて練習を始めた。強く噛みすぎて、ペンに巻いたガーゼに血がにじむこともあった。
 数カ月後、1週間かけて手紙が書けるようになり、さらにベッドのそばの花を描くようになり、やがて絵の具を使って本格的にスケッチブックに描き始めた。絵の具の混ぜ合わせは知野さんにしてもらい、二人三脚での制作だった。
 入院生活は9年半にも及び、身障者センターでの展覧会の開催を機に、富弘さんはふるさとの東村(現在のみどり市)に帰って描き続けよう、と決意した。富弘さんの退院後、知野さんは畑仕事をしながら穏やかに暮らしたという。

 草むしる母は
 草にぐちをこぼしている
 うれしいんだろうなぁ きっと
 生い茂った草も
 それをむしることも
 泥だらけの手も 流れる汗も
 限りなくぐちは続くけれど
 うれしいんだろうなぁ きっと
 やわらかな土の上にもどれて

 2018年7月、知野さんは97歳で亡くなった。この間、富弘美術館は母をテーマにした企画展を富弘さんに提案してきたが「自分も母も照れてしまう」と実現されないままだった。亡くなって1年が過ぎて「母ちゃん」展は開かれた。母を題材にした作品、知野さんと富弘さんのお姉さんがつけていた看護日誌、知野さんが描いた絵なども展示された。

  淡い花は
 母の色をしている
 弱さと悲しみが
 混じり合った
 温かな 母の色をしている

 美術館には意外に男性の姿が多く、富弘さんの詩画と静かに向き合っていた。作品を通 して母を思い、そっと涙をぬぐう男性が少なくなかった。いかにもライダー風のミドルシニアも、肩からバッグをさげた真面 目そうな男性も、リュックを背負った山登りスタイルのおじさんも。
 富弘さんの作品の前では素直に母を思えるのだろう。くすぐったくて温かく、やわらかな、なんとも言えない空気に包まれていた。7人兄弟の五番目の富弘さんにとって、入院生活は母をひとりじめできる時間でもあった。変わらず看病してくれた母の姿に「俺のかあちゃん、たった1人の母ちゃん」という気持ちがわいたという。

 誰がほめようと
 誰がけなそうと
 どうでもよいのです
 畑から帰ってきた母が
 出来上がったわたしの絵を見て
 「へぇっ」とひと声驚いてくれたら
 それでもう十分なのです
 
 展示室で見かけた男性たちは気づいただろうか。富弘美術館の庭にはハンカチの木がある。ゴールデンウィークが終わると母の日がやってくる。

 
 

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